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「滋賀県の国宝建造物と彫刻 」カテゴリ記事一覧


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園城寺(おんじょうじ)の国宝と地図 2010.8.7

まずは「園城寺」の動画をご覧ください。




2010.8.7 滋賀県の国宝建造物と彫刻探索の旅の続きをご紹介します。

「竹生島」から船で「長浜港」に戻った僕は再び車で本日の最終目的地「園城寺」(三井寺)へと向かうのでした。

「園城寺」へは2008.4.12以来2年ぶりになります。前回はこちらへ

前回はなんといっても大きなミスをしてしまいました。

こともあろうかお目当ての国宝「新羅善神堂」を見ずに帰ってしまったのです。

今までにしでかしたミスの中でも1、2を争うほどのミスでした。

「国宝を見に行ってるのに見逃すとはなにごとじゃ」というところです。

しかし言い訳をすると、この国宝「新羅善神堂」は「園城寺」の境内にはなく少し離れた所にあるのです。

しかもこの頃はまだ下調べも甘く、探索のコツもまだまだつかめてませんでした。

それに国宝「園城寺金堂」も屋根の修復工事のため外観を見ることができませんでしたので、どのみちもう一度来なければならなかったんです。

そういううこともあり今回もう一度「園城寺」を訪ねたんです。

カーナビの言うままにまずは前回行かなかった国宝「新羅善神堂」へ。

「長浜」から名神高速で「大津」へ。そして国道を走って目的地に到着。

カーナビが無いとちょっと迷うような所に国宝「新羅善神堂」はありました。

園城寺


園城寺
国宝「園城寺新羅善神堂」

国宝「園城寺新羅善神堂」(おんじょうじしんらぜんしんどう)
貞和3年(1347)
桁行三間、梁間三間、一重、流造、向拝一間、檜皮葺
三井寺の中心伽藍から北へ500メートルほど離れた場所にあります。三井寺の鎮守神である新羅明神を祀ります。「堂」と名が付きますが、建築様式的には流造(ながれづくり)の神社本殿です。現存の建物は貞和3年(1347年)、足利尊氏の寄進によるもの。新羅明神は、唐に留学した円珍が日本へ帰国する際、船中に現われた神とされ、円珍に伝えられた経法を永遠に守護することを誓った神であるといいます。円珍が請来した経典法具を三井寺に保管することになったのも新羅明神の夢告によるとされています。源頼義が三男の義光をこの神の前で元服させ、義光はそれ以来「新羅三郎」と呼ばれるようになったことはよく知られています。


僕がここに着いたときには人っ子一人いない状態でした。

またも国宝独占状態です。

本当に静かな所にひっそりと国宝「園城寺新羅善神堂」は建っていました。

少し高くなった所に垣に囲まれた中にあります。

人もいないし、中に入れそうもないので、格子の隙間や、垣の上から写真を撮りました。

前回の悔いがずっとこの2年間残っていたので、本当にすっきりしました。

それと同時にこの時点で「滋賀県」の国宝建造物22件をすべて制覇したことになりました。

感動の一瞬でした。

すがすがしい気持ちで今度は「園城寺」へ。

今度は国宝「園城寺金堂」を見なければなりません。

再び車で「園城寺」へ。

2年ぶりの「園城寺」です。

園城寺


園城寺
「仁王門」




園城寺について
ウィキペディア(Wikipedia)より
園城寺(おんじょうじ)は、滋賀県大津市にある、天台寺門宗の総本山です。
開基は大友与多王、本尊は弥勒菩薩です。
日本三不動の一である黄不動が有名です。また近江八景の一つである「三井の晩鐘」でも知られるお寺です。
三井寺は7世紀に大友氏の氏寺として草創され、9世紀に唐から帰国した留学僧円珍(天台寺門宗宗祖)によって再興された。三井寺は平安時代以降、皇室、貴族、武家などの幅広い信仰を集めて栄えたが、10世紀頃から比叡山延暦寺との対立抗争が激化し、比叡山の宗徒によって三井寺が焼き討ちされることが史上たびたびあった。近世には豊臣秀吉によって寺領を没収されて廃寺同然となったこともあるが、こうした歴史上の苦難を乗り越えてその都度再興されてきたことから、三井寺は「不死鳥の寺」と称されています。
三井寺の起源については、次のように伝承されています。大津京を造営した天智天皇は、念持仏の弥勒菩薩像を本尊とする寺を建立しようとしていたが、生前にはその志を果たせませんでした。天皇の子の大友皇子(弘文天皇)も壬申の乱のため、25歳の若さで没しています。大友皇子の子である大友与多王は、父の菩提のため、天智天皇所持の弥勒像を本尊とする寺の建立を発願しました。壬申の乱で大友皇子と敵対していた天武天皇は、朱鳥元年(686年)この寺の建立を許可し、「園城寺」の寺号を与えました。「園城」という寺号は、大友与多王が自分の「荘園城邑」(「田畑屋敷」)を投げ打って一寺を建立しようとする志に感じて名付けたものといいます。なお、「三井寺」の通称は、この寺に涌く霊泉が天智・天武・持統の3代の天皇の産湯として使われたことから「御井」(みい)の寺と言われていたものが転じて三井寺となったといいます。現在の三井寺には創建時にさかのぼる遺物はほとんど残っていない。しかし、金堂付近からは、奈良時代前期にさかのぼる古瓦が出土しており、大友氏と寺との関係も史料から裏付けられることから、以上の草創伝承は単なる伝説ではなく、ある程度史実を反映したものと見ることができる。
文禄4年(1595年)、三井寺は豊臣秀吉の怒りに触れ、欠所(寺領の没収、事実上の廃寺)を命じられている。三井寺が何によって秀吉の怒りを買ったものかは諸説あって定かではない。この結果、三井寺の本尊や宝物は他所へ移され、金堂をはじめとする堂宇も強制的に移築された。当時の三井寺金堂は比叡山に移され、延暦寺転法輪堂(釈迦堂)として現存しています。慶長3年(1598年)、秀吉は自らの死の直前になって三井寺の再興を許可しています。これは死期を悟った秀吉が、霊験あらたかな三井寺の祟りを恐れたためとも言われています。秀吉の再興許可を受け、当時の三井寺長吏・道澄が中心となって寺の再興が進められた。現在の三井寺の寺観は、ほぼこの頃に整えられたものです。
明治維新後は天台宗寺門派を名乗っていたが、1946年以降は天台寺門宗総本山となっています。

ここで僕の大好きな国宝のご紹介。
建造物
*金堂
*新羅善神堂
*勧学院客殿
*光浄院客殿

彫刻
*智証大師坐像(中尊大師)
*智証大師坐像(御骨大師)
*新羅明神坐像

その他
*絹本着色不動明王像(黄不動)
*五部心観2巻
*智証大師関係文書典籍
以上



「仁王門」をくぐり境内に入るとすぐ右側に「釈迦堂」があります。
園城寺
「釈迦堂」

さらにまっすぐ進み階段を登るとお目当ての国宝「園城寺金堂」があります。

まずは「金堂」の前にある「鐘楼」「三井晩鐘」をご紹介。

園城寺
「鐘楼」「三井晩鐘」

金堂の左手前にあり、「三井の晩鐘」で知られる梵鐘を吊ります。この梵鐘は慶長7年(1602年)の鋳造で、平等院鐘、神護寺鐘とともに日本三名鐘に数えられています。
ちょうど鐘をついているかたがいましたので、素晴らしい音を聞くことが出来ました。

そしていよいよ前回は外観が見れなかった国宝「園城寺金堂」です。
園城寺

園城寺
国宝「園城寺金堂」

国宝「園城寺金堂」(おんじょうじこんどう)
慶長4年(1599)
桁行七間、梁間七間、一重、入母屋造、向拝三間、檜皮葺
三井寺再興を許可した豊臣秀吉の遺志により、高台院が慶長4年(1599年)に再建した。入母屋造、檜皮葺きの和様仏堂である。

最愛の人に会えた時の様なうれしさというんでしょうか。

感動でした。

そして本当に綺麗で素晴らしいお堂です。

ずう~っと見ていても飽きの来ないフォルムです。

なんともいえない色合いも最高です。

本当にもう一度来た甲斐がありました。

前から後ろから横からとあらゆる角度から「金堂」を堪能した僕でした。

「金堂」以外にもこの「園城寺」には2件の国宝建造物があります。

園城寺
国宝「勧学院客殿」

国宝「勧学院客殿」(かんがくいんきゃくでん)
慶長5年(1600)
桁行七間、梁間七間、一重、入母屋造、妻入、正面軒唐破風付
中門 桁行一間、梁間一間、一重、切妻造 総こけら葺
唐院の南隣に位置する。慶長5年(1600年)の建立。桃山時代の書院造建築の代表作とされています。障壁画は狩野光信を中心とする狩野派一門の作です。
残念ながらこの国宝「光浄院客殿」は拝観することが出来ません。
少しだけ見える屋根だけ写真に撮ることが出来ました。

園城寺
国宝「光浄院客殿」

国宝「光浄院客殿」(こうじょういんきゃくでん)
慶長6年(1601)
桁行七間、梁間六間、一重、入母屋造、妻入、正面軒唐破風付
中門 桁行一間、梁間一間、一重、切妻造 総こけら葺
金堂の北方に位置する。勧学院客殿より1年あとの慶長6年(1601年)建立。規模、意匠など勧学院客殿と似ています。障壁画はやはり狩野一門の作です。
残念ながらこの国宝「光浄院客殿」も拝観することが出来ません。
少しだけ見える屋根だけ写真に撮ることが出来ました。

この「園城寺」はまた雰囲気も抜群です。

前回は桜の時期に来たのでそれはもう綺麗でした。

今回は桜こそありませんが、本当に情緒漂うお寺です。

「金堂」の脇にある「閼伽井屋」です。

園城寺
「閼伽井屋」

金堂の西に接して建つ小堂で、慶長5年(1600年)、金堂と同じく北政所によって建立されました。堂内には三井寺の名の起こりとなった霊泉が湧出しています。

「金堂」の山側には「霊鐘堂」があり、「弁慶の引き摺り鐘」があります。

園城寺
「弁慶の引き摺り鐘」

「三井の晩鐘」の鐘とは別のものです。無銘ですが、奈良時代にさかのぼる日本でも有数の古鐘です。伝承では、俵藤太秀郷がムカデ退治のお礼に琵琶湖の竜神から授かった鐘だと言われ、その後比叡山と三井寺の争いに際して、弁慶が奪って比叡山に引き摺り上げたが、鐘が「イノー」(「帰りたいよう」の意)と鳴ったので、弁慶が怒って谷底へ捨てたといいます。現状、鐘の表面に見られる擦り傷やひびはその時のものと称する。歴史的には、この鐘は文永元年(1264年)の比叡山による三井寺焼き討ちの際に強奪され、後に返還されたというのが史実のようです。

「金堂」の前の庭園です。

園城寺


「金堂」の裏手には「智証大師」がいらっしゃいます。

園城寺
「智証大師」


「金堂」からまっすぐ延びる通りには「村雲橋」があります。

園城寺
「村雲橋」


「唐院」と呼ばれる所には「三重塔」「灌頂堂」「大師堂」「長日護摩堂」があります。


園城寺
「灌頂堂」


園城寺
「長日護摩堂」


その他にも現在工事中だった「一切経蔵」寺域の南側、琵琶湖を望む高台にある「観音堂」「毘沙門堂」や「護法善神堂」(千団子社)「円満院」「法明院」など実にたくさんの見所があります。

さらに見ることは出来ませんが、この「園城寺」には、3件の国宝彫刻があります。

国宝「智証大師坐像」(中尊大師)(ちしょうだいしざぞう)
唐院大師堂の中央の厨子に安置。秘仏で、毎年10月29日の円珍の命日にのみ開扉されます。卵形の頭の形と細い眼が特徴の独特の風貌は、各地に残る円珍の肖像に共通のものです。この像はもと比叡山内の山王院(千手院)にあったと言われ、円仁(慈覚大師)門徒と円珍門徒の抗争激化のため、円珍門徒が比叡山を下りた正暦4年(993年)に三井寺に移されたものと言われています。ただし、作風的には10世紀後半頃のものと見られ、正暦4年頃に三井寺で新たに造像されたとの見方もあります。1989年~1990年の「智証大師一千百年御遠忌記念三井寺秘宝展」で公開されたほか、1986年に開催された「開創千二百年記念比叡山と天台の美術」展でも公開されたことがあります。

国宝「智証大師坐像」(御骨大師)(ちしょうだいしざぞう)
唐院大師堂内、中尊大師像の向かって左に安置。秘仏で、特別な行事の時以外、開扉はされません。荼毘に付した円珍の遺骨を納めるところから「御骨大師」と呼ばれて寺内で尊崇され、出版物への写真掲載は制限されています。中尊大師像より古く、9世紀末、円珍没後まもない頃の作と思われます。

国宝「新羅明神坐像」(しんらみょうじんざぞう)
新羅善神堂に安置。秘仏で、特別な行事の時以外、開扉はされません。円珍が日本へ帰国する際、船中に現われた神とされます。長いあごひげをたくわえ、目尻の下がった異様な相貌、異様に細く長い指など、きわめて特殊な像容を示し、日本彫刻史の中でも異彩を放っています。平安時代後期、11世紀頃の制作と推定されます。1989年~1990年の「智証大師一千百年御遠忌記念三井寺秘宝展」で公開されたほか、1986年に開催された「開創千二百年記念比叡山と天台の美術」展でも公開されたことがあります。

国宝「智証大師坐像」(中尊大師)だけでも今度見にいけたらなあと思っています。

あとこれも有名な国宝「絹本著色不動明王像」(黄不動)も見てみたいです。
国宝「絹本著色不動明王像」(黄不動)
高野山明王院の「赤不動」、青蓮院の「青不動」とともに日本三不動の一つに数えられ、古来著名な画像です。「金色(こんじき)不動明王」とも呼ばれるこの像は、承和5 年(838年)、比叡山で籠山修行中の円珍(当時25歳)の前に忽然と現われ、「自分は金色不動明王である。仏法の真髄を伝える汝(円珍)を守護するために現われた」と告げたとされます。その後、この不動明王は、円珍が唐への航海の途上、海賊に襲われそうになった時に出現するなど、円珍の生涯の危機に際して現れたとされ、円珍の守護神的な性格をもっていたと思われます。

とにかくこの「園城寺」はまだまだ魅力たっぷりのお寺です。

何度でも訪れたくなります。

なにか特別なことがあれば秘仏もいつか見られる時がくることでしょう。

その時まで気長に待つしかないでしょう。

まあなんにせよ、今回は前回見られなかった2件の国宝を見ることが出来て大満足でした。

「渡岸寺」(向源寺)の国宝「十一面観音立像」も素晴らしかったし、「竹生島」も神秘的で素晴らしい所でした。

改めて「滋賀県」の魅力を実感できた1日でした。

また「滋賀県」に行くことを誓って家路につく僕でした。

以上が2010.8.7の滋賀県の探索記です。

この次はどこを探索しようかまた考えます。

それではまた!


拝観料 大人500円、中高生300円、小学生200円

駐車場 あります(有料) 1日500円

時間 8:00~17:00





じゃらんnetで滋賀の宿をチェックする


2010.8.7滋賀県の国宝建造物と彫刻探索記

渡岸寺(向源寺)へ 竹生島へ 園城寺へ

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2008.2.24
2009.12.26
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2008.2.24(1)(2)
2009.12.26
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2010.12.16
2011.3.4
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2008.2.24
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2008.2.24
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2009.12.26
2010.10.23



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2008.2.24
2010.10.23
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2008.2.24
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2009.12.12(1)(2)(3)(4)
2010.3.13
2010.3.22
2010.4.11

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2010.4.29(1)(2)



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2008.4.12
2010.8.7
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2008.5.4
2011.10.20


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2008.3.30
2010.4.18


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2010.4.18


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