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長谷寺(はせでら)の国宝とぼたんと地図 2011.04.29

まずは「長谷寺」の動画をご覧下さい。




2011.04.29奈良県の国宝と彫刻探索に行ってきました。

今回行ったのは「長谷寺」「聖林寺」「当麻寺」です。

今回は国宝もさることながら、今が旬の「ぼたん」の花を見たくて行ってみました。

特に「長谷寺」は大変「ぼたん」で有名なお寺です。

今回は久々に愛車「ホンダ TODAY 50cc」でせめてみました。

まず、「長谷寺」まで約2時間かけて到着。結構疲れました。

2008.3.2以来2度目の「長谷寺」です。

前回の「長谷寺」の探索記はこちらへ

この日は「ぼたんまつり」が開催されていました。(4月中旬~5月上旬)

長谷寺


長谷寺
「仁王門」


「仁王門」をくぐり「長谷寺」を探索開始です。



長谷寺について
ウィキペディアより
長谷寺(はせでら)は、奈良県桜井市にある真言宗豊山派(ぶざんは)総本山のお寺です。山号を豊山神楽院。本尊は十一面観音、開基は道明上人。西国三十三箇所観音霊場の第八番札所であり、日本でも有数の観音霊場として知られます。

大和と伊勢を結ぶ初瀬街道を見下ろす初瀬山の中腹に本堂が建ちます。初瀬山は牡丹の名所であり、4月下旬~5月上旬は150種類以上、7,000株と言われる牡丹が満開になり、当寺は古くから「花の御寺」と称されています。また「枕草子」、「源氏物語」、「更級日記」など多くの古典文学にも登場します。中でも「源氏物語」にある玉鬘(たまかずら)の巻のエピソード中に登場する二本(ふたもと)の杉は現在も境内に残っています。

歴史
長谷寺の創建は奈良時代、8世紀前半と推定されますが、創建の詳しい時期や事情は不明です。寺伝によれば、天武朝の朱鳥元年(686年)、道明上人が初瀬山の西の丘(現在、本長谷寺と呼ばれている場所)に三重塔を建立、続いて神亀4年(727年)、徳道上人が東の丘(現在の本堂の地)に本尊十一面観音像を祀って開山したといいますが、これらのことについては正史に見えず、伝承の域を出ません。承和14年(847年)12月21日に定額寺に列せられ、天安2年(858年)5月10日に三綱が置かれたことが記され、長谷寺もこの時期に官寺と認定されて別当が設置されたとみられています。なお、貞観12年(870年)に諸寺の別当・三綱は太政官の解由(審査)の対象になることが定められ、長谷寺も他の官寺とともに朝廷(太政官)の統制下に置かれました。それを裏付けるように10世紀以後の長谷寺再建に際しては諸国に対しては国宛を、諸寺に対しては落慶供養参加を命じられるなど、国家的事業として位置づけられています。

長谷寺は平安時代中期以降、観音霊場として貴族の信仰を集めた。万寿元年(1024年)には藤原道長が参詣しており、中世以降は武士や庶民にも信仰を広めた。

長谷寺は東大寺(華厳宗)の末寺でありましたが、平安時代中期には興福寺(法相宗)の末寺となり、16世紀以降は興教大師覚鑁(かくばん)によって興され頼瑜僧正により成道した新義真言宗の流れをくむ寺院となっています。天正16年(1588年)、豊臣秀吉により根来山(根来寺)を追われた新義真言宗門徒が入山し、同派の僧正専誉により現在の真言宗豊山派が大成されました。近年は、子弟教育・僧侶(教師)の育成に力を入れており、学問寺としての性格を強めています。

十一面観音を本尊とし「長谷寺」を名乗る寺院は鎌倉の長谷寺をはじめ日本各地に多く、他と区別するため「大和国長谷寺」「総本山長谷寺」等と呼称することもあります。


ここで僕の大好きな国宝のご紹介。
建造物
*本堂
その他
*銅板法華説相図
*法華経、観普賢経、無量義経、阿弥陀経、般若心経、計34巻
以上



「仁王門」をくぐると「登廊」(のぼりろう、屋根付きの階段)があります。

長谷寺
「登廊」


長谷寺
「登廊」下のほうにあるのが「仁王門」


399段あるそうです。

途中には「宗宝蔵」と呼ばれる寺宝を展示する蔵や塔頭寺院などが建ち並びます。

本当になんとも言えない風情です。

長谷寺
「宗宝蔵」


長谷寺
「金蓮院」


本来はこの時期「ぼたん」が見ごろなはずなんですが、今年はどうやらまだ早かったみたいです。

この「登廊」沿いもまだまだまばらというところでした。

399段登りきると「鐘楼」があります。

長谷寺
「鐘楼」

「尾上の鐘」とよばれる鐘が下がっています。

そして「鐘楼」の横には国宝「長谷寺本堂」がそびえ建ちます。

長谷寺

長谷寺

長谷寺
国宝「長谷寺本堂」

国宝「長谷寺本堂」(はせでらほんどう)
慶安3(1650)
正堂 桁行七間、梁間四間、一重、入母屋造、正面及び側面もこし付
相の間及び礼堂 懸造、桁行四間、梁間九間、一重、入母屋造、妻入、背面正堂に接続、両側面千鳥破風付、正面舞台附属
本瓦葺
本尊を安置する正堂(しょうどう)、相の間、礼堂(らいどう)から成る巨大な建築で、前面は京都の清水寺本堂と同じく懸造(かけづくり、舞台造とも)になっています。本堂は奈良時代の創建後、室町時代の天文5年(1536年)までに計7回焼失しています。7回目の焼失後、本尊十一面観音像は天正7年(1538年)に再興(現存)。本堂は豊臣秀長の援助で再建に着手し、天正16年(1588年)に新しい堂が竣工しました。ただし、現存する本堂はこの天正再興時のものではなく、その後さらに建て替えられたものです。

現存の本堂は、徳川家光の寄進を得て、正保2年(1645年)から工事に取り掛かり、5年後の慶安3年(1650年)に落慶したものです。同年6月に記された棟札によると、大工中井大和守を中心とする大工集団による施工でした。天正再興時の本堂は、元和4年(1618年)には雨漏りの生じていたことが記録されていますが、わずか数十年後に修理ではなく全面再建とした理由は明らかでなく、背景に何らかの社会的意図があったとの指摘もあります。高さ10メートル以上ある本尊・十一面観音像は、前述のとおり、天文7年に完成しており、慶安3年の新本堂建設工事は本尊を原位置から移動せずに行われました。そのため、本堂は内陣の中にさらに内々陣(本尊を安置)がある複雑な構成となっており、内々陣は巨大な厨子の役目をしています。

本堂は傾斜地に南を正面として建ちます。平面構成・屋根構成とも複雑だが、おおまかには本尊を安置する正堂(奥)、参詣者のための空間である礼堂(手前)、これら両者をつなぐ相の間の3部分からなります。全体の平面規模は間口25.9メートル、奥行27.1メートル。正堂は一重裳階(もこし)付き。構造的には間口7間、奥行4間、入母屋造平入りの身舎の前面と両側面に1間幅の裳階をめぐらせた形になり、全体としては9間×5間となります(「間」は長さの単位ではなく、柱間の数を意味する。以下の文中においても同様)。礼堂部分は入母屋造妻入り、間口9間、奥行4間で、このうち奥の間口9間、奥行1間分を相の間とします。礼堂の棟と正堂の棟はT字形に直交し、礼堂正面側には入母屋屋根の妻を大きく見せます。礼堂の屋根は側面では正堂の裳階の屋根と一体化しています。礼堂の左右側面にはそれぞれ千鳥破風を付し、屋根構成をさらに複雑にしています。礼堂の前半部分は床下に柱を組み、崖面に迫り出した懸造とし、前方に舞台を張り出します。屋根はすべて本瓦葺き。組物は正堂身舎が出組(一手先)、正堂裳階と礼堂は三斗とします。

礼堂は床は板敷き、天井は化粧屋根裏(天井板を張らず、構成材をそのまま見せる)とし、奥2間分は中央部分を高めた切妻屋根形の化粧屋根裏とします。相の間は一段低い石敷きで、化粧屋根裏とします。正堂の平面構成は複雑ですが、おおむね手前の奥行1間分を外陣、その奥を内陣とします。外陣は板敷きで、天井は中央を化粧屋根裏、左右を格天井とします。その奥は中央の間口5間、奥行4間を内陣とし、その東西の各間口2間分は、東を宰堂室、西を集会所等とします。内陣は石敷き、格天井とし、その中央を2間四方を本尊を安置する内々陣とします。内々陣部分には切妻屋根が架かり、独立した構造となっています。



とにかくなんともいえない素晴らしさです。

そして立派でたくましい建物です。

そして本当に複雑な形をしている建物です。

ご本尊「十一面観音菩薩立像」は本当に大きくて、素晴らしい仏様でした。

長谷寺の本尊像については、神亀年間(720年代)、近隣の初瀬川に流れ着いた巨大な神木が大いなる祟りを呼び、恐怖した村人の懇願を受けて開祖徳道が祟りの根源である神木を観音菩薩像に作り替え、これを近くの初瀬山に祀ったという長谷寺開山の伝承があります。伝承の真偽はともかく、当初像は「神木」等、何らかのいわれのある木材を用いて刻まれたものと思われます。現在の本尊像は天文7年(1538年)の再興。仏像彫刻衰退期の室町時代の作品ですが、10メートルを超える巨像を破綻なくまとめています。国宝・重要文化財指定の木造彫刻の中では最大のものです。本像は通常の十一面観音像と異なり、右手には数珠とともに、地蔵菩薩の持つような錫杖を持ち、方形の磐石の上に立つ姿です(左手には通常の十一面観音像と同じく水瓶を持つ)。伝承によれば、これは地蔵菩薩と同じく、自ら人間界に下りて衆生を救済して行脚する姿を表したものとされ、他の宗派(真言宗他派も含む)には見られない独特の形式です。この種の錫杖を持った十一面観音を「長谷寺式十一面観音(長谷型観音)」と呼称します。

特別拝観で中に入ることができます。

この観音様の足をさすると願いが叶うそうですよ。

そして京都の「清水寺」のものとよく似た「舞台」からみる景色も最高ですよ。

長谷寺
「長谷寺の舞台」


長谷寺


ここ「長谷寺」には他にもたくさんの建物があります。

写真をご覧ください。

長谷寺
「愛染堂」

「本堂」の東側にあります。「愛染明王」を安置します。

長谷寺
「三社権現」

「愛染堂」の隣にあります。

長谷寺
「開山堂」

「本堂」西側にあります「開山堂」です。開山「道明上人」を祀ります。

長谷寺
「大黒堂」


「本堂」のすぐ西側にあります「大黒堂」です。

長谷寺
「弘法大師御影堂」

「弘法大師御影堂」です。

ここでお坊さんの説教を聞くことができました。

「わらしべ長者」もここ「長谷寺」のお話だそうですよ。

そして「弘法大師御影堂」のすぐ下には「本長谷寺」があります。

長谷寺
「本長谷寺」


そしてその横に朱塗りの「五重塔」があります。

長谷寺
「五重塔」


長谷寺


昭和29年、戦後日本に初めて建てられた「五重塔」だそうですよ。

さらに小高い所には「一切経堂」があります。

長谷寺
「一切経堂」


そして「三重塔跡」です。

長谷寺
「三重塔跡」


そして最後に「本坊」にも行ってみました。

長谷寺
「本坊」


「本坊」の中にも入ってみました。

長谷寺


天皇皇后両陛下が座られた椅子です。

ほかにもいろいろなお宝が展示されていました。

本来「ぼたん」を目当てに来たんですが、まだちょっと早かったみたいです。

しかし「本坊」だけは結構「ぼたん」を見ることが出来ました。

長谷寺


長谷寺

長谷寺


さすがは「花の寺」と呼ばれる「長谷寺」でした。

まだ桜も少し残っていました。

「あじさい」や紅葉も素晴らしいそうですよ。

特に女性におすすめのお寺です。

一年中どの時期に来ても楽しめそうですね。

今回は探索記は書きませんが、このあと「長谷寺」を後にした僕は国宝「十一面観音立像」で有名な「聖林寺」「当麻寺」を探索して帰りました。

あとついでに国宝はありませんが「橿原神宮」と「神武天皇陵」にも行きました。

奈良市内や法隆寺もいいですけど、このあたりも最高ですよ。

この日記を書いている今日は5月5日ですが、ちょうど今頃が「長谷寺」も「当麻寺」も「ぼたん」の見ごろなんではないでしょうか。

ぜひ行ってみてはいかがですか?

僕の今度の探索記はおそらく京都の「神護寺」です。

秘仏「五大虚空蔵菩薩」が開帳されます。

5月14日に行こうと思っています。

それでは次回にまた!

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「長谷寺」公式ホームページへ

拝観料 500円 宗宝院 100円

駐車場あります 500円


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2008.3.2の長谷寺探索記はこちらへ

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