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2008.2.10 世界遺産 姫路城と地図

皆さんはじめまして!

このブログは私が私自身のために始めたブログです。

面白くもなんともないかもしれませんが、たまに立ち寄ってくだされば光栄です。



まずこのブログを始めるにあたって最初に書こうと思ったのがこちらです。
姫路城
「姫路城」

世界遺産「姫路城」です。
「法隆寺」と並び日本が世界に誇れる建物であり、国の宝物だと思います。
関西に住みながら、この「姫路城」を訪れたことがなかった僕です。
行ってみて初めてこの「姫路城」の素晴らしさを実感しました。
「ほんならもっと他にもすごい宝があるんちゃうの?」と思ったのです。
今までの僕の趣味は「釣り」「映画」「矢沢」「阪神」っていうとこでした。
43年生きてきて、久々に新しく興味のわくものに出会った気がしました。
しかし漠然とお宝を見に行くといっても、お金も暇もそうはありません。
そこで色々調べて出た答えが「関西の世界遺産と国宝を制覇する」というものです。
「日本の」とまでいうと絶対途中であきらめると思うので「関西の」にしました。
それでも「関西の」とは言っても、「国宝」のほとんどが関西に集中しているのです。
簡単では決して無いと思います。
「ボチボチでええがな」という気持ちでやっていきたいと思います。

それでは早速「姫路城」について書いていきます。

まず「姫路城」は世界遺産です。

姫路城の世界文化遺産登録理由
現在では全国に十余しかない、江戸時代以前に建造された天守を有する城郭で、国宝四城の一つ。白壁の美しさから白鷺城(はくろじょう)の別名を持つ。建物の容積と配置のバランスが絶妙であること、漆喰の城壁を持つ優れた美をもっていること、明治以前の封建制度の象徴であることなどが特に優れているとして、 1993年に世界文化遺産に登録された。

姫路城へは僕の住む大阪府東大阪市から車で行きました。

「山陽道姫路東」で降りて4~5kmぐらいでしょうか。
駐車場に車を止めて早速探索開始です。

さすがは世界遺産、城外から一目見ただけで、その雄大な姿に圧倒されてしまいました。
城内に入ってみると、外国人観光客の多さにもびっくりしてしまいました。
世界中のあちこちの国からこの世界に誇る名城を見にきているようです。

姫路城






ここで姫路城について
ウィキペディア(Wikipedia)より
姫路城は、現在の兵庫県姫路市街の北側にある姫山および鷺山に築かれた平山城です。日本における近世城郭の代表的な遺構です。

この歴史は中世に赤松氏が姫山に城を築いたことから始まります(異説もある)。戦国時代後期には羽柴秀吉が居城し、江戸時代には姫路藩の藩庁として最初は池田氏、のち本多氏や酒井氏などの譜代大名が入城しました。明治時代には陸軍の兵営地となり、歩兵第十連隊が駐屯していました。この際に多くの建物が取り壊されましたが、大小天守群、櫓群が当時の陸軍省の働きかけによって名古屋城とともに国費によって保存される処置がとられ、太平洋戦争においては空襲に見舞われたものの、天守閣最上階に落ちた焼夷弾が不発弾となるという幸運もあり奇跡的に焼失を免れました。

現存天守は、江戸時代以前に建造された天守が現存する日本国内12箇所の城の一つであり、いわゆる「国宝四城」(通例として、国宝指定の天守を持つ城のことを指し、姫路城・松本城・彦根城・犬山城をいう)の一つでもあります。

名称の由来と別名
姫路城天守の置かれている「姫山」は古名を「日女路(ひめじ)の丘」と称しました。「播磨国風土記」にも「日女道丘(ひめじおか)」の名が見られます。姫山は桜が多く咲いたことから「桜木山」、転じて「鷺山(さぎやま)」とも言った。天守のある丘が姫山、西の丸のある丘が鷺山とすることもあります。

通称「白鷺城(はくろじょう)」の由来は以下のような説が挙げられています。
*姫路城が「鷺山」に置かれているところから。
*白漆喰で塗られた城壁の美しさから。
*ゴイサギなど白鷺と総称される鳥が多く住んでいたから。
*黒い壁から「烏城」とも呼ばれる岡山城との対比から。
白鷺城は「はくろじょう」の他に「しらさぎじょう」とも読まれることがあり、村田英雄の歌曲に「白鷺(しらさぎ)の城」というものもあるが、日本の城郭の異称は音読みするのが普通です。

他にも以下のような別名があります。
*出世城
羽柴秀吉が居城し、その後の出世の拠点となったことから呼ばれる。
*不戦の城
築城されてから一度も(外敵との)戦闘を行なわなかったことから。

歴史・沿革
姫路城の築城者は南北朝時代・1346年(南朝:正平元年、北朝:貞和2年)の赤松貞範とする説が有力であり、「姫路城史」や姫路市ではこの説を採っています。一方で赤松氏時代は砦と呼ぶべき小規模なもので、「城」と呼べる規模の構築物としては、16世紀に播州平野に割拠した小寺氏の被官である黒田重隆が築城したのが最初であるという異説もあります。

山陽道上の交通の要所・姫路に置かれた姫路城には黒田氏や羽柴秀吉(豊臣秀吉)が城主として入り、江戸時代には池田輝政によって今日見られる天守等が築かれました。輝政およびその子・孫以降は親藩松平氏や譜代大名が配置され、さらに西国の外様大名監視のために西国探題が設置されました。

ここで僕が最近興味を持ち始めた「国宝」についてご紹介します。
姫路城の国宝は
(建造物)
*大天守
*東小天守
*西小天守
*乾小天守
*い・ろ・は・にの渡櫓
の8棟です。
どれも歴史を感じるすばらしい建造物です。まさに日本一の名城です!

姫路城
右から、国宝「姫路城大天守」「姫路城西小天守」「姫路城乾小天守」

姫路城 東小天守
国宝「姫路城東小天守」

姫路城 イ
国宝「姫路城イの渡櫓」

姫路城 ロ
国宝「姫路城ロの渡櫓」

姫路城 ハ
国宝「姫路城ハの渡櫓」

姫路城 ニ
国宝「姫路城ニの渡櫓」


国宝「姫路城大天守」
慶長13(1608)
五重六階、地下一階付、本瓦葺

国宝「姫路城西小天守」
慶長14(1609)
三重三階、地下二階付、本瓦葺

国宝「姫路城東小天守」
慶長14頃(1609頃)
三重三階、地下一階付、本瓦葺

国宝「姫路城乾小天守」
慶長14(1609)
三重四階、地下一階付、本瓦葺

国宝「姫路城イロハニの渡櫓」
イの渡櫓
慶長14頃(1609頃)
二重二階、地下一階付、本瓦葺
ロの渡櫓
慶長14頃(1609頃)
二重二階、地下一階付、本瓦葺
ハの渡櫓
慶長14頃(1609頃)
二重二階、地下一階付、本瓦葺
ニの渡櫓
慶長14頃(1609頃)
二重櫓門、本瓦葺

姫路城の天守は江戸時代のままの姿で現在まで残っている12の現存天守のひとつで、その中で最大の規模を持つ、まさしく姫路の象徴といえる建物です。

姫路城の最初の天守は1580年(天正8年)の春、羽柴秀吉によって姫山の頂上、現在の大天守の位置に3重で建てられました。この天守は池田輝政により解体され、用材は乾小天守に転用されました。

2代目の天守は池田輝政により建てられ、5重6階、天守台中に1階(計7階)(5重6階地下1階・5層6階地下1階)の大天守と3重の小天守3基(東小天守・西小天守・乾小天守)で構成され、各天守の間は2重の渡櫓で結ばれています。この構成を「連立式天守」といいます。天守は全て2重の入母屋造りの建物を基部とする望楼型で、建設時期や構成からさらに後期望楼型に分類されることもあります。壁面は全体が白漆喰総塗籠(しろしっくい そうぬりごめ)の大壁造で造られており、防火・耐火・鉄砲への防御に加え、美観を兼ね備える意図があったと考えられています。各階の屋根は天守を支えるため少しつづずらされ、加重を分散させています。大天守の心柱は東西方向に2本並んで地下から6階床下まで貫き、太さは根元で直径95センチメートル高さ24.6メートルの木材が使用されています。うち、西大柱は従来の材が継がれたものであったため一本材に取り替える際に折れたため3階床下付近で継いでいます。

外観は多様性に富み、複数層にまたがる巨大な入母屋破風に加えて、緩やかな曲線を描く唐破風(からはふ)、山なりの千鳥破風(ちどりはふ)が設置されています。最上階を除く窓はほとんどで格子がはめ込まれていますが、大天守2重目南面では唐破風下に出格子(でごうし)を設けています。また、釣鐘のような形の火灯窓(かとうまど)を西小天守、乾小天守の最上階に多用しています。華灯窓は同様の後期望楼型天守である彦根城天守や松江城天守などにも見られます。乾小天守の華灯窓には、「物事は満つれば後は欠けて行く」という考え方に基づき未完成状態(発展途上状態)を保つため格子を入れていないといいます。

大天守の内部は、地下にはトイレや流しを設け台所を付属させ、地上1階・2階は同様の構造で、身舎の周りに武者走りを廻し、鉄砲や槍などが掛けられる武具掛が付けられています。3階も武者走りがありますが、それに加えて破風部屋と武者隠(むしゃがくし)と呼ばれる小部屋が数箇所設けられています。また、石打棚(いしうちだな)という中段を窓際に設けて、屋根で高い位置に開けられた窓が使えるように高さを補っています。4階にも同様に石打棚があります。5階を経て、最上階は部屋の中央に柱を立てず、書院造の要素を取り入れ長押や棹縁天井など住居風の意匠を用いています。

姫路城の天守は姫山(標高45.6メートル)の上に建っており、姫路城自体の高さは、石垣が14.85メートル、建物が31.5メートルなので合計すると海抜92メートルになります。天守の総重量は、現在はおよそ5,700トンです。かつては6,200トンほどであったとされますが、「昭和の大修理」に際して過去の補修であてられた補強材の撤去や瓦などの軽量化が図られました。今日では天守内には姫路城にまつわる様々な物品が展示されています。

さらに
イの渡櫓、ロの渡櫓、ハの渡櫓、ニの渡櫓、ホの櫓、ヘの渡櫓、トの櫓、チの櫓、リの一渡櫓、リの二渡櫓、折廻り櫓、井郭櫓、帯の櫓、帯郭櫓、太鼓櫓、ニの櫓、ロの櫓、化粧櫓、カの渡櫓、ヌの櫓、ヨの渡櫓、ルの櫓、タの渡櫓、ヲの櫓、レの渡櫓、ワの櫓、カの櫓、菱の門、いの門、ろの門、はの門、にの門、への門、との一門、との二門、との四門、ちの門、りの門、ぬの門、水の一門、水の二門、備前門、との四門東方土塀、との四門西方土塀、との二門東方土塀、との一門東方土塀、への門東方土塀、への門西方土塀、水の一門北方築地塀、水の一門西方土塀、ニの櫓南方土塀、水の五門南方土塀、イの渡櫓南方土塀、にの門東方上土塀、にの門東方下土塀、ロの櫓東方土塀、ロの櫓西方土塀、はの門東方土塀、はの門西方土塀、はの門南方土塀、ろの門東方土塀、ろの門西南方土塀、化粧櫓南方土塀、ワの櫓東方土塀、カの櫓北方土塀、菱の門西方土塀、菱の門南方土塀、菱の門東方土塀、いの門東方土塀、太鼓櫓南方土塀、太鼓櫓北方土塀、帯郭櫓北方土塀、井郭櫓南方土塀、トの櫓南方土塀、計74棟 が重要文化財に指定されています。

姫路城

築城にかかわった家の紋が埋め込まれていました。

姫路城
天守から見た風景


まず、「姫路城」は1度や2度見た程度では説明仕切れません。ましてや僕みたいなど素人ではなおさらです。
土地も建物も広大で、なおかつ歴史もあります。
僕が見た物なんかほんの一部にしか過ぎないでしょう。

姫路城



天守の中では、天守を支える2本の巨大な柱「心柱」におどろきました。
1956年(昭和31年)の工事の際、西の心柱は新しいものに取り替えたそうです。
この木を探すのにも相当な苦労があったそうです。
姫路城


2009年から「平成の修理」がはじまるそうです。

天守からみた姫路の風景も最高でしたし、色々な工夫がされた城内の造り、壁、その他どれをとっても「日本一」の名城なのではないでしょうか。

通路と門も見所の一つです。
菱の門通路は迷路のように曲がりくねり、広くなったり狭くなったり、さらには天守へまっすぐ進めないようになっています。本来の地形や秀吉時代の縄張を生かしたものと考えられています。門もいくつかは一人ずつ通るのがやっとの狭さであったり、また、分かりにくい場所・構造をしていたりと、ともかく進みづらい構造をしています。これは防御のためのものであり、敵を迷わせ分散させ、袋小路で挟み撃ちにするための工夫です。

例えば、現在の登城口(三の丸北側)から入ってすぐの「菱の門」からは、真っ直ぐ「いの門」・「ろの門」・「はの門」の順に進めば天守への近道のように見えるが、実際は菱の門から右手に進んで石垣の中に隠された穴門である「るの門」から進むのが近い。るの門は土砂で封鎖してしまえる埋門(うずみもん)でもあった。「はの門」からにの門へ至る通路は守り手側に背を向けなければ進めない。「ほの門」は極端に狭い鉄扉です。その後は天守群の周りを一周しなければ大天守へはたどり着けないようになっています。

姫路城

播州皿屋敷
浄瑠璃などの元となったと言われるが、原型となった話は現在の姫路城ができる以前のものと言われます。本丸上山里内に「お菊井戸」が残っています。

別れを惜しみつつ天守を後にした僕は、「西の丸」にも行ってみました」
姫路城 西の丸

西の丸には現在は渡櫓とこれを結ぶ長局(ながつぼね)、そして、その北端に位置する化粧櫓のみが残っています。長局には侍女達の部屋があります。化粧櫓は本多忠政が伊勢桑名から移ってきた時に、千姫の化粧料10万石で1618年(元和4年)に建てられたものです。千姫は西の丸内に設けられた中書丸(天樹院丸)と三の丸脇の武蔵野御殿に住んでいましたが、いずれも現在は失われています。戦前の修理までは、化粧櫓にはその名の通り当時の化粧品の跡が残っていたといいます。
姫路城

庭も大変綺麗でした。



感想を書きます。
まず、こんなに大きくて素晴らしい建物が、何百年も存在していると思うだけで感動しました。
私は大阪在住で、大阪城は何回も見ていますが、全然格が違うというかなんというか、まあ大阪城の場合は現存城ではないので比べようがないのですが、姿かたちといい雰囲気といい今まで見た中で最高のお城でした。何百年、何千年もこの姿を残して欲しいです。

城外で「カツめし」という名物を食べてみました。880円でした。
ご飯の上にカツがのっていて、そこにデミグラスソースらしき物がかかっていました。
味は...まあまあ?でした。

入城料 大人600円 2歳~中学生200円
開城時間 9時~17時(入城は16時まで)、※4月27日から8月31日までは、9時~18時(入城は17時まで)
休城日 12月29日~30日
近所の駐車場 3時間まで500円でした。


以上第一回目の日記でした。また書きますので寄ってくださいね!

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コメント

城!いいですな~
亀吉っぁん、まめやな~ 今度連れて行って~ で、ガイドして!                   て、おっさん二人で行くのもな~  まぁ、ええか(笑)                        帰りに旨いビールでも飲んで帰ってな(^^)v

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レイバン ウェイファーラー
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