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清涼寺(せいりょうじ)(嵯峨釈迦堂)の国宝と地図

まずは「清涼寺」(嵯峨釈迦堂)の動画をご覧下さい。




2009.10.24 京都の世界遺産と国宝探索の旅の続きをご紹介していきます。

「天龍寺」を後にした僕は再び市バスで次の目的地「清涼寺」へ。
「嵯峨釈迦堂前」バス停で下車してすぐに「清涼寺」はあります。

「清涼寺」というよりは「嵯峨釈迦堂」でこのあたりでは通っているのではないでしょうか。
以前行った「大報恩寺」が「千本釈迦堂」と言う様に。

バス停から少し歩くと立派な門が姿を現します。
清涼寺 山門
「仁王門」

僕も結構いろいろなお寺を見てきましたが、京都のお寺の門は、奈良や滋賀などのお寺の門に比べて立派で大きな門が目立ちますね。

さあいよいよこの門をくぐると今日見たかった2つ目の仏様とご対面できます。
1つ目は「広隆寺」の国宝「弥勒菩薩半跏像」(宝冠弥勒)
そして2つ目はここ「清涼寺」の国宝「釈迦如来立像」です。

期待に胸をはずませて境内へ向かう僕でした。


清涼寺について
ウィキペディア(Wikipedia)より
清凉寺(せいりょうじ)は、京都府京都市右京区嵯峨にある浄土宗のお寺です。山号を五台山(ごだいさん)。嵯峨釈迦堂(さがしゃかどう)の名で知られ、中世以来「融通念仏の道場」としても知られています。宗派は初め華厳宗、後に浄土宗となる。本尊は釈迦如来、開基は然(ちょうねん)です。
この寺の歴史には、阿弥陀三尊を本尊とする棲霞寺(せいかじ)と、釈迦如来を本尊とする清凉寺という2つの寺院が関係しています。この地には、もともと、嵯峨天皇の皇子・左大臣源融(みなもとのとおる、822年 - 895年)の別荘・栖霞観(せいかかん)がありました。源融の一周忌に当たる寛平8年(896年)、融が生前に造立発願して果たせなかった阿弥陀三尊像を子息が造り、これを安置した阿弥陀堂を棲霞寺と号しました。その後天慶8年(945年)に、重明親王妃が新堂を建て、等身大の釈迦像を安置。一説では、「釈迦堂」の名の起こりはこの時であるということです。
棲霞寺草創から数十年後、当時の中国・宋に渡り、五台山(一名、清凉山)を巡礼した然(ちょうねん、938-1016)という東大寺出身の僧がいました。然は、宋へ渡航中の985年、台州の開元寺で現地の仏師に命じて1体の釈迦如来像を謹刻させた。その釈迦像は、古代インドの優填王(うてんおう)が釈迦の在世中に栴檀(せんだん)の木で造らせたという由緒を持つ霊像を模刻したもので、実は模刻像と霊像とが入れ替わったとする縁起を持つため、「インド - 中国 - 日本」と伝来したことから「三国伝来の釈迦像」と呼ばれている。然は、永延元年(987年)日本に帰国後、京都の愛宕山を中国の五台山に見立て、愛宕山麓にこの釈迦像を安置する寺を建立しようとしました。然は、三国伝来の釈迦像をこの嵯峨の地に安置することで、南都系の旧仏教の都における中心地としようとしたものと思われる。すなわち、都の西北方にそびえる愛宕山麓の地に拠点となる清凉寺を建立することで、相対する都の東北方に位置する比叡山延暦寺と対抗しようとした、という意図が込められていたとされるそうです。しかし、その願いを達しないまま長和5年(1016年)、然は没した。かれの遺志を継いだ弟子の盛算(じょうさん)が棲霞寺の境内に建立したのが、五台山清凉寺です。

ここで僕の大好きな国宝のご紹介。
彫刻
*釈迦如来立像および像内納入品
*阿弥陀三尊像
その他
*絹本著色十六羅漢像16幅
以上

仁王門をくぐり境内へ入ると、いろいろな建物がありました。
清涼寺 多宝塔
「多宝塔」

清涼寺  愛宕権現社
「愛宕権現社」

清涼寺 秀頼公首塚
「秀頼公首塚」

清涼寺 阿弥陀堂
「阿弥陀堂」

旧棲霞寺本尊の阿弥陀三尊像を安置していた(現在は霊宝館に安置)「阿弥陀堂」です。
その他にも法隆寺夢殿を模した「聖徳太子殿」、「狂言堂」、傅大士(ふだいし)父子像が安置された「一切経蔵」などがあります。

そして「仁王門」の正面奥に「本堂」が建っています。
清涼寺 本堂
「本堂」(釈迦堂)

いよいよ注目の仏様とご対面です。
清涼寺 釈迦如来
国宝「釈迦如来立像」(しゃかにょらいりゅうぞう)
パンフレットより

パンフレットによりますと
本尊釈迦如来像は、三国伝来(インド~中国~日本)の生身のお釈迦さまとして拝する人々の心を魅了し続けている。この尊像は釈迦37歳の生き姿を刻んだものだそうです。
昔、お釈迦様が生母である摩耶夫人に法を説くために問うトウリテンにのぼられたとき、時のウデンノウや弟子たちは慈母を失った子供のようになげき悲しんだ。そこでウデンノウは、ビシュダツマに命じて、栴檀の香木で釈迦生身の尊増を作らせたのである。90日後お釈迦さまが戻ってこられ、自分と寸分違わぬこの像をご覧になって、「私が亡きあとはこの像が私に替わって衆生を済度するであろう」と言って、大層お喜びになったという。のちに、この尊像はインドからヒマラヤを越えて中国へ伝えられた。中国へ渡った、奈良東大寺の僧、然上人は、寛和元年(985)その尊像を摸刻し日本に持ち帰った。尊像が摸刻された時、5人の中国尼僧により釈迦如来像体内に絹で作られた五臓六腑等が施入され、昭和28年、釈迦如来像の体内より、中国尼僧の施入した五臓六腑が発見された。これは中国において千年の昔に人間の体の構造を知っていた事を示すもので、解剖学的にも貴重な資料である。また、レントゲン写真によって額には銀でこしらえた一仏がはめこまれてあり、目には黒水晶、耳には水晶が入れてあり、この尊像の霊魂として入れられたと思われる水月観音の彫られた鏡が納入されていることも確かめられた。感性した釈迦如来像のお顔に仏牙を入れた時、一点から血が出て、生身の仏であることを示されたといわれている。

「これがお釈迦様の顔かあ」と思うと思わず手を合わせる僕でした。
なんか他の仏像と違い向こうの人の顔をしておられるなと思いました。
なんかものすごくありがたい気持ちになれました。感謝です。

本堂を後にした僕は、この仏様の中に入れてあった国宝の納入品が展示されている「霊宝館」へ向かいました。
「霊宝館」は春(4,5月)と秋(10月,11月)の特別展期間に開館しているそうです。

「霊宝館」に入ってすぐ左側には国宝「阿弥陀三尊像」がおられました。
清涼寺 阿弥陀三尊
国宝「阿弥陀三尊像」(あみださんぞんぞう)
パンフレットより

嵯峨天皇第十二皇子源融公の供養のため、その子息が造立した尊像です。
源融は光源氏のモデルに目される風流貴公子であり、この尊像も源氏物語の光源氏のおもかげをつたえるともいわれています。

こちらも大変立派な仏様でした。
お釈迦さまの体内に入れてあった、絹で作られた五臓六腑も見ました。
中国のすごさを感じました。

「霊宝館」の開館されている時期に行かれることをお勧めします。

今日は見たかった2つの仏様を見れただけでも満足でした。

また機会があればぜひ立ち寄ってみたいと思います。

毎年4月には、「大念佛狂言」も行われるそうです。

以上が「清涼寺」(嵯峨釈迦堂)の探索記です。

再び次の目的地を目指して市バスに乗り込むのでした。

次の目的地は「仁和寺」です。

しかしこの続きは次回ということで。

それではまた!

拝観料 本堂拝観料 大人400円、中・高校生300円、小学生200円 霊宝館入場料と本堂拝観料セット 700円

駐車場 駐車場あり(有料) 1日800円

時間 9:00~16:00(4・5・10・11月は~17:00)


大きな地図で見る





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2009.10.24 京都府の国宝建造物と彫刻探索の旅
二条城 広隆寺へ 天龍寺 清涼寺 仁和寺 龍安寺 高山寺

★世界遺産と国宝探索記目次へ>>>




追記です。
2011.12.03 紅葉を見に来たついでに「清凉寺」へ。

前回は見なかった「本堂」奥の庭園を見ました。

紅葉も綺麗でした。

清凉寺
「本堂」奥の庭園

清凉寺

清凉寺
「本堂」

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世界遺産と国宝の旅の地図 in関西 清涼寺(せいりょうじ)(嵯峨釈迦堂)の国宝と地図
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2009.12.26
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2010.12.16
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2008.2.24
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2008.2.24
2009.11.8
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2008.3.8
2010.3.22

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2009.12.12(1)(2)(3)(4)
2010.3.13
2010.3.22
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2008.3.2
2011.4.29

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2008.3.16
2010.10.16

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滋賀県には国宝建造物22件国宝彫刻4件があります


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2008.4.12
2010.8.7
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2011.10.20(1)(2)(3)(4)(5)

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2008.5.4
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2008.5.4
2011.10.20


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