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三千院(さんぜんいん)の国宝と地図

まずは「三千院」の動画をご覧下さい。




前回の2009.11.15 で今年は終わりにしようと思ったのですが、どうしても「京都」の国宝彫刻の残りが見たくてまたまた京都に行ってしまいました。

見逃したものや非公開のものもありますが、京都には37件の国宝彫刻(仏像)があります。

その国宝彫刻があるお寺も、あと3ヶ所を残すだけです。行かない訳にはいかんでしょう。

「三千院」「鞍馬寺」「願徳寺」の3寺です。

2009.11.28 朝6時に車で東大阪の自宅を出動しました。

高速は使わず(資金不足のため使えず)ひたすら地道を走り続けること2時間50分。

「大原」に着いたのは9時前でした。

来る途中の山々も紅く色づいて大変綺麗でした。期待が持てます。

お寺近くの民間駐車場に車を止めていざ探索開始です。

三千院


三千院

三千院

三千院
パンフレットより






三千院について
ウィキペディア(Wikipedia)より
三千院(さんぜんいん)は、京都市左京区大原にある天台宗のお寺です。三千院門跡とも称します。山号は、魚山(ぎょざん)、本尊は薬師如来、開基は最澄です。
京都市街の北東山中、かつては貴人や仏教修行者の隠棲の地として知られた大原の里にあります。青蓮院、妙法院とともに、天台宗の三門跡寺院の1つに数えられています。

三千院と往生極楽院
三千院は8世紀、最澄の時代に比叡山に建立された円融房に起源をもち、のちに比叡山東麓の坂本(現・大津市)に移され、たび重なる移転の後、1871年(明治4年)に現在地に移ったものです。「三千院」あるいは「三千院門跡」という寺名は1871年以降使われるようになったもので、それ以前は「梶井門跡」「梶井御所」「梶井宮」などと呼ばれ、「梨本門跡」「円徳院」などの別称もあり、「円融房」が正式の寺名だったようです。一方、往生極楽院(旧称・極楽院)は、平安時代末期の12世紀から大原の地にあった阿弥陀堂であり、1871年に三千院の本坊がこの地に移転してきてから、その境内に取り込まれたものです。
境内には往生極楽院のほか、宸殿、客殿などの建物があります。このうち、境内南側の庭園内にある往生極楽院は12世紀に建てられた阿弥陀堂で、内部には国宝の阿弥陀三尊像を安置しています(三千院と往生極楽院は元来は別々の寺院であった)。

天台門跡としての三千院
三千院は天台三門跡の中でも最も歴史が古く、最澄が延暦7年(788年)、比叡山延暦寺を開いた時に、東塔南谷(比叡山内の地区名)に自刻の薬師如来像を本尊とする「円融房」を開創したのがその起源といいます。円融房のそばに大きな梨の木があったため、後に「梨本門跡」の別称が生まれました。
比叡山内の寺院の多くは、山麓の平地に「里坊」と呼ばれる拠点をもっていました。860年(貞観2年)、清和天皇の命により、承雲和尚が比叡山の山麓の東坂本(現・大津市坂本)に円融房の里坊を設けました。この里坊を「円徳院」と称し、山上の寺院を「円融房」と称したという説と、「円徳院」と「円融房」は別個の寺院だとする説とがあります。
1118年(元永元年)、堀河天皇第二皇子(第三皇子とも)の最雲法親王が入寺したのが、当寺に皇室子弟が入寺した初めです。以後、歴代の住持として皇室や摂関家の子弟が入寺し、歴史上名高い護良親王も入寺したことがあります。坂本の円融房には加持(かじ、密教の修法)に用いる井戸(加持井)があったことから、寺を「梶井宮」と称するようになったといいます。最雲法親王は1156年(保元元年)、天台座主(てんだいざす、天台宗の最高の地位)に任命されました。同じ年、比叡山の北方の大原(現在の京都市左京区大原)に梶井門跡の政所(まんどころ)が設置されました。これは、大原に住みついた念仏行者を取り締まり、大原にそれ以前からあった来迎院、勝林院などの寺院を管理するために設置されたものです。

隠棲、融通念仏、天台声明の場・大原
大原は古くから貴人や念仏修行者が都の喧騒を離れて隠棲する場として知られていました。文徳天皇の第一皇子である惟喬親王(これたかしんのう、844年-897年)が大原に隠棲したことはよく知られ、「伊勢物語」にも言及されている。藤原氏の権力が絶大であった当時、本来なら皇位を継ぐべき第一皇子である惟喬親王は、権力者藤原良房の娘・藤原明子(あきらけいこ)が産んだ清和天皇に位を譲り、自らは出家して隠棲したのでした。大原はまた、融通念仏や天台声明(しょうみょう、仏教声楽)が盛んに行われた場所として知られ、天台声明を大成した聖応大師良忍(1073年-1132年)も大原に住んでいました。

極楽院
冒頭の説明のように、極楽院(現・往生極楽院)は元来、天台の門跡とは無関係でした。寺伝では恵心僧都源信(942年-1017年)の妹、安養尼が985年(寛和元年)に建てたものと伝えられてきましたが、実際はもう少し時代が下った12世紀末に、高松中納言藤原実衡の妻である真如房尼が、亡き夫の菩提のために建立したものであり、この史実は、彼女の甥にあたる吉田経房の日記「吉記」の記述により明らかとなっています。1871年(明治4年)に三千院の本坊が洛中から移転してきてからは、その境内に取り込まれた。極楽院を「往生極楽院」と改称したのは1885年(明治18年)のことです。


ここで僕の大好きな国宝のご紹介。
彫刻
*阿弥陀三尊坐像
以上

三千院
「御殿門」

「御殿門」をくぐり、さあいよいよ「三千院」の中へ
拝観順路にそっていきますと、まずは「客殿」を見ます。
「客殿」の前の「聚碧園」と呼ばれるお庭が大変綺麗でした。
三千院
「聚碧園」

続いて「辰殿」へと向かいます。
「辰殿」の前には「有清園」というお庭があります。
三千院
「有清園」

こちらも絵に描いたような美しさです。
大変心が癒されました。

「辰殿」から外に出ると、「往生極楽院」が建っています。
三千院
「往生極楽院」

紅葉に包まれたこのお堂の中に、お目当ての国宝彫刻が安置されているのです。
三千院
国宝「阿弥陀三尊坐像」
パンフレットより

国宝「阿弥陀三尊坐像」(あみださんぞんざぞう)
往生極楽院の本尊。脇侍の勢至菩薩像像内の銘文から平安時代末期の1148年(久安4年)の作とわかる。阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊が西方極楽浄土から亡者を迎えに来る(来迎)形式の像で、両脇侍が日本式の正座をしている(大和座り)点が特色である。

中尊「阿弥陀如来」写真中央は坐像なのに対して、脇侍の2体「観音菩薩」写真右と「勢至菩薩」写真左が「大和座り」つまり「正座」をされている珍しいものだそうです。
たしかに脇侍の2体が正座されているとなにか雰囲気が違うような気がします。
偉そうには仏様のことは語れませんが、これでもかなりの仏様を見てきている僕です。(偉そうか?)
3体とも大変やさしいお顔をされています。
手を合わせておきました。感謝。

三千院

苔の中からわらべ地蔵さまが顔を出しています。

さらに足を進めると、「朱雀門」があります。
三千院
「朱雀門」

本来「正門」ですが、開放されていません。

「弁財天」です。
三千院
「弁財天」


さらに奥に進むと「金色不動堂」が建っています。
三千院
「金色不動堂」


その上には「観音堂」
三千院
「観音堂」


その横には「二十五菩薩石庭」
三千院
「二十五菩薩石庭」


とにかく「三千院」はロケーション最高のお寺です。
一つ一つが綺麗でです。紅葉も最高でした。

三千院
「売炭翁石仏」


三千院


いい時に来たなあと思いました。

国宝「阿弥陀三尊坐像」も見れましたし、最高の気持ちです。

画面左の「おすすめ国宝彫刻のあるお寺BEST20」も書き換えなければならないでしょう。

来年の紅葉の頃奥さんを連れてぜひまた来て見たいです。

自然に囲まれた「大原」全体の雰囲気も最高です。周辺を散策してみるのもいいでしょう。

以上が「三千院」の探索記です。

次の目的地は「鞍馬寺」です。

しかしこの続きは次回ということで。

それではまた!

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拝観料 大人700円、中・高校生400円、小学生150円(30名以上の団体は600円)

駐車場 近隣の民間駐車場あります

時間 8:30~17:00(12~2月は~16:30)


大きな地図で見る




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2009.11.28 京都府の国宝建造物と彫刻探索の旅 
三千院 鞍馬寺 願徳寺 

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