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中宮寺(ちゅうぐうじ)の国宝と地図

まずは「法隆寺地域」の動画をご覧下さい。




2009.12.12 「法隆寺」を後にした僕は「東院伽藍」のすぐ東側にある「中宮寺」へ向いました。

前回2008.3.2に「法隆寺」を訪れた時は時間が無くて寄ることができなかったので、今回こそはという気持ちでここ「中宮寺」へと足を運びました。

ここ「中宮寺」にも素晴らしい国宝が僕を待っていました。

中宮寺


中宮寺


中宮寺


中宮寺





中宮寺について
ウィキペディア(Wikipedia)より
中宮寺(ちゅうぐうじ)は、奈良県生駒郡斑鳩町の法隆寺に隣接する、聖徳太子ゆかりのお寺です。宗派は聖徳宗に属す。山号を法興山と称し、本尊は如意輪観音、開基は聖徳太子または間人皇后とされています。

中宮寺は、現在は法隆寺東院に隣接していますが、創建当初は400メートルほど東にありました。現在地に移転したのは中宮寺が門跡寺院となった16世紀末頃のことと推定されます。旧寺地の発掘調査の結果から、法隆寺と同じ頃、7世紀前半の創建と推定されますが、創建の詳しい事情は不明です。天平19年(747年)の「法隆寺縁起」や「上宮聖徳法王帝説」には、「聖徳太子建立七寺」の一とされますが、確証はありません。中宮寺独自の創立縁起は伝わらず、「日本書紀」にも中宮寺創建に関する記載はありません。

平安時代の「聖徳太子伝暦」は、中宮寺は聖徳太子が母・穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ、間人皇后)の宮殿を寺としたと伝え、後には間人皇后自身が発願者であるという伝承も生まれます。鎌倉時代の顕真が著した「聖徳太子伝私記」の裏書には、「葦垣宮、岡本宮、鵤宮(いかるがのみや)の3つの宮の中にあった宮なので中宮といい、それを寺にした時に中宮寺と号した」との説が記載されています。

中宮寺は平安時代以降衰微し、鎌倉時代には中興の祖とされる信如によって復興が図られました。信如は文永11年(1274年)、法隆寺の蔵から聖徳太子ゆかりの「天寿国繍帳」を再発見したことで知られます。

江戸時代初期の慶長7年(1602年)、慈覚院宮を初代門跡に迎え、以後門跡尼寺として今日に至っています(門跡寺院とは、代々皇族、貴族などが住持する格式の高い寺のこと)。

創建当時の中宮寺跡は現境内の東方約400メートル、斑鳩町法隆寺東二丁目にあり、国の史跡に指定されています。この地はかつての地名を大字法隆寺字旧殿(くどの)といい、伽藍跡とおぼしき土壇が残っていました。1963年(昭和38年)より石田茂作らによる発掘調査が行われ、金堂と塔の跡を検出。大阪の四天王寺と同様に、金堂を北、塔を南に並べる伽藍配置であったことがわかっています。ただし、講堂、回廊等の遺構は未検出です。この伽藍の特徴の一つは、金堂と塔の距離が近く、軒を接するように建っていたと推定される点です。塔の心礎は地中に深く埋める形式とします。これは四天王寺、飛鳥寺、法隆寺などの塔心礎と同様で、創建時代が古いことを示唆します。

その後数次の発掘調査により、寺地を区画する築地の跡が検出され、境内地は東西約130メートル、南北約165メートルの規模であったことが判明した。東西の130メートルは高麗尺の1町にほぼ相当します。

現境内は夢殿のある法隆寺東院のすぐ東に接する子院地を拝借しています。本堂は高松宮妃の発願で1968年(昭和43年)に建立した和風の現代建築で、設計は吉田五十八(いそや)です。


ここで僕の大好きな国宝のご紹介
彫刻
*菩薩半跏像
その他
*天寿国繍帳残闕(てんじゅこくしゅうちょう ざんけつ)
以上


ここ「中宮寺」には特筆するような建造物はありません。
境内もさほど広くはありません。
しいて言えば境内の池の中に高松宮妃の発願で1968年(昭和43年)に建立された「本堂」があるくらいです。
中宮寺
「本堂」

中宮寺

中宮寺


しかしこの「本堂」の中には大変貴重なお宝があります。
国宝「菩薩半跏像」(ぼさつはんかぞう)です。
ウィキペディア(Wikipedia)より
本尊。飛鳥時代の作。像高132.0cm(左脚を除く坐高は87.0cm)。広隆寺の弥勒菩薩半跏像とよく比較されます。寺伝では如意輪観音ですが、これは平安時代以降の名称で、当初は弥勒菩薩像として造立されたものと思われます。国宝指定の際の官報告示は単に「木造菩薩半跏像」です。材質はクスノキ材。一木造ではなく、頭部は前後2材、胴体の主要部は1材とし、これに両脚部を含む1材、台座の大部分を形成する1材などを矧ぎ合わせ、他にも小材を各所に挟んでいます。両脚部材と台座部材は矧ぎ目を階段状に造るなど、特異な木寄せを行っています。本像の文献上の初出は建治元年(1275年)、定円の「太子曼荼羅講式」で、同書に「本尊救世観音」とあるのが本像にあたると考えられています。それ以前の伝来は不明である。現状は全身が黒ずんでいますが、足の裏などにわずかに残る痕跡から、当初は彩色され、別製の装身具を付けていたと思われます。


仏像になんの興味も無い方でも何かを感じさせられる、そんな仏様のように僕には思えます。
「中宮寺」ホームページには
「東洋美術における「考える像」で有名な、思惟半跏のこの像は、飛鳥時代の彫刻の最高傑作であると同時に、わが国美術史上、あるいは東洋上代芸術を語る場合にも欠かすことの出来ない地位を占める仏像であります。また国際美術史学者間では、この像のお顔の優しさを評して、数少い「古典的微笑」(アルカイックスマイル)の典型として評価され、エジプトのスフィンクス、レオナルド・ダ・ヴィンチ作モナリザと並んで「世界の三つの微笑像」とも呼ばれています。」
と書いてあります。

以前訪れた京都の「広隆寺」国宝「弥勒菩薩半跏像」(宝冠弥勒)と大変よく似ています。
どちらの仏様も本当にやさしいお顔で、全てを包み込んでくれるような包容力がある仏像です。

僕の汚れきった心も少しは綺麗になったかも?

国宝「菩薩半跏像」の横には国宝「天寿国繍帳残闕」(てんじゅこくしゅうちょう ざんけつ)のレプリカが置かれてありました。
ウィキペディア(Wikipedia)より
染織品は、陶磁器、金属製品などに比べて保存がむずかしい。本品は断片とはいえ、飛鳥時代の染織の遺品としてきわめて貴重なもの。現在、奈良国立博物館に寄託。1982年に製作されたレプリカが現在本堂に安置されています。聖徳太子の母、穴穂部間人皇女と聖徳太子の死去を悼んで王妃橘大女郎が多くの采女らとともに造った刺繍、曼荼羅です。もと2帳。その銘は「上宮聖徳法王帝説」にあります。

これも大変美しく素晴らしいものでした。

「法隆寺」があまりにも偉大すぎてつい見逃しがちな「中宮寺」ですが、仏様はどこにも負けないぐらい立派なものです。

「法隆寺」へお越しの際はぜひ「中宮寺」の国宝「菩薩半跏像」もご覧になってください。

決して損はさせませんよ。

以上が「中宮寺」の探索記です。

近くには世界遺産「法起寺」や三重塔で有名な「法輪寺」などもありますのでぜひ!

「法隆寺」「中宮寺」ともに大変満足してみることが出来て幸せいっぱいな気分です。

こんなおっさんでもやっぱり美しいものを見ると心が洗われるものです。

これからも美しいものを求めて旅を続けて行きたいと思っています。

それではまた!

「中宮寺」公式ホームページへ

拝観料 高校生以上500円、中学生400円、小学生250円

駐車場 民間で600円ぐらいです

時間 9:00~16:15(10月1日~3月20日は~15:45)

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2009.12.12 奈良県の国宝建造物と彫刻探索の旅 
法隆寺その一 法隆寺その二 法隆寺その三 法隆寺その四 中宮寺

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