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国宝彫刻(仏像)その十「その他の天部像」

さて今回も国宝彫刻(仏像)について書いていきたいと思います。

少しでも旅の参考になればと思っています。



今回で「仏像の種類別説明と保有寺紹介」は10回目となります。

その一「阿弥陀如来像」はこちら
その二「薬師如来像」はこちら
その三「釈迦如来像」はこちら
その四「大日如来像」と「慮舎那仏像」はこちら
その五「観音菩薩像」はこちら
その六「弥勒菩薩像」はこちら
その六「その他の菩薩像」はこちら
その八「明王像」はこちら
その九「四天王像」はこちら

さて今回は「四天王像」以外の「天部像」についてです。

日本には国宝彫刻(仏像)が126件あります。
そのうち近畿2府4県に121件が存在しているのです。

仏像は、如来、菩薩、明王、天の四つのグループ(部)に分けられます。このほか、羅漢や祖師像を含めた尊像を広く仏像ということもあります。

今回ご紹介するは「天部」になります。

「如来」や「菩薩」が大変穏やかなのに対して「天部」は勇ましくて「かっこいい」ところが僕は好きです。



まずは「四天王」以外の国宝の「天部像」をご紹介します。

毘沙門天、吉祥天、梵天、帝釈天
*鞍馬寺(京都府)「毘沙門天、吉祥天、善膩師童子立像」(平安時代)
*教王護国寺(東寺)(京都府)「兜跋毘沙門天立像」(天平時代)
*教王護国寺(東寺)(京都府)「梵天坐像、帝釈天半跏像」(平安時代)
*東大寺(奈良県)「梵天、帝釈天立像」(天平時代)
*唐招提寺(奈良県)「梵天、帝釈天立像」(天平時代)
*法隆寺(奈良県)「毘沙門天、吉祥天立像」(平安時代)

十二神将
*広隆寺(京都府)「十二神将立像」(平安時代)
*興福寺(奈良県)「板彫十二神将立像」(平安時代)
*興福寺(奈良県)「十二神将立像」(鎌倉時代)
*新薬師寺(奈良県)「十二神将立像」(平安時代)

八部衆
*興福寺(奈良県)「八部衆立像」(天平時代)

二十八部衆
*三十三間堂(京都府)「二十八部衆立像」(鎌倉時代)

金剛力士
*東大寺(奈良県)「執金剛神立像」(天平時代)
*東大寺(奈良県)「金剛力士立像」(法華堂)(天平時代)
*東大寺(奈良県)「金剛力士立像」(南大門)(鎌倉時代)
*興福寺(奈良県)「金剛力士立像」(鎌倉時代)

本当にどの仏像も国宝になるぐらいですから素晴らしいんですけど、特に「新薬師寺」の国宝「十二神将立像」と「三十三間堂」の国宝「二十八部衆立像」は「息を呑むすごさ」があったのを覚えています。
あと「興福寺」の国宝「八部衆立像」の「阿修羅像」なんかもやっぱり人をひきつけるなにかがあります。

あと「東大寺」(法華堂)の国宝「執金剛神立像」は秘仏ですが、絶対開帳日には見に行きたいと思っています。

「東大寺」(南大門)の国宝「金剛力士立像」など、「天部」の像はやはり迫力があり人の心をひきつけますよね。



それでは「天部」について
ウィキペディア(Wikipedia)より
天部(てんぶ、サンスクリット (देव, deva)は、密教における神々。ほとんどは、古代インドのバラモン教(古代のヒンドゥー教)の神々が密教に取り入れられ、仏の守護神である護法善神となったものです。天、天部神。

天部のルーツ
天部諸尊のルーツである古代インドのバラモン教の神々は、宇宙の創造神から、悪霊鬼神の類に至るまでさまざまである。そのうちには、男性神(毘沙門天、大黒天など)、女性神(吉祥天、弁才天など)、貴紳形(梵天)、天女形(吉祥天)、力士形(金剛力士)、武将形(十二神将)など、さまざまな形態や性格のものを含む。

仏教の信仰・造像の対象となっている、広い意味での「仏」は、その由来や性格に応じ、「如来部」「菩薩部」「明王部」「天部」の4つのグループに分けるのが普通である。「如来」とは「仏陀」と同義で「悟りを開いた者」の意、「菩薩」とは悟りを開くために修行中の者の意、なお顕教では、十界を立てて本来は明王部を含みません。これに対し密教では、自性輪身・正法輪身・教令輪身の三輪身説を立てて、その中の「明王」は教令輪身で、如来の化身とされ、説法だけでは教化しがたい民衆を力づくで教化するとされます。そのため忿怒(ふんぬ)といって恐ろしい形相をしているものが多い。以上3つのグループの諸尊に対して、「天部」に属する諸尊は、仏法の守護神・福徳神という意味合いが濃く、現世利益的な信仰を集めるものも多数存在しています。

天部の諸尊
天部の神を代表するものに、梵天、帝釈天、持国天・増長天・広目天・多聞天(毘沙門天)の四天王、弁才天(弁財天)、大黒天、吉祥天、韋駄天、摩利支天、歓喜天、金剛力士、鬼子母神(訶梨帝母)、十二神将、十二天、八部衆、二十八部衆などがあります。

数尊を集めて護法や守護神的な威力を高めたものとして、四天王・八部衆・十二天・十二神将・二十八部衆などが挙げられます。

安置形態としては、寺院の入口の門の両脇に安置される場合、本尊の周辺や仏壇の周囲に安置される場合などさまざまであり、毘沙門天、弁才天などは堂の本尊として安置され、崇敬の対象となっている場合もあります。



八部衆について
ウィキペディア(Wikipedia)より
八部衆(はちぶしゅう)または天龍八部衆(てんりゅうはちぶしゅう)は、仏法を守護する8神。仏教が流布する以前の古代インドの鬼神、戦闘神、音楽神、動物神などが仏教に帰依し、護法善神となったものです。十大弟子と共に釈迦如来の眷属を務めます。

八部衆とは8つの種族という意味である。これにはいくつかの説があります。通常に用いられるのは「舎利弗問経」を基本に、「法華経」や「金光明最勝王経」などの説により、天衆、龍衆、夜叉衆、乾闥婆衆、阿修羅衆、迦楼羅衆、緊那羅衆、摩序H羅伽衆の8つを指します。

ただし、奈良・興福寺の著名な八部衆像の各像の名称は上述のものと異なり、寺伝では五部浄、沙羯羅(さから、しゃがら)、鳩槃荼(くはんだ)、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、畢婆迦羅(ひばから)と呼ばれています。

なお、四天王に仕える八部鬼衆は、これらの八部衆と名称も類似し一部重複するので間違われやすいが基本的に異なる。ちなみに八部鬼衆は、乾闥婆・毘舎闍・鳩槃荼・薛茘多・那伽(龍)・富單那・夜叉・羅刹の名を挙げる。

法華経の序品(じょぼん)には、聴衆として比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷(出家在家の男女)などの「人」のほかに、この八部衆を「非人」として名が連ねられています。

天(Deva、てん)
梵天、帝釈天をはじめとする、いわゆる「天部」の神格の総称。欲界の六天、色界の四禅天、無色界の四空処天のこと。光明・自然・清浄・自在・最勝の義を有す。古代インドにおける諸天の総称。天地万物の主宰者。
龍(Naga、りゅう)
「竜」、「竜王」などと称される種族の総称。 蛇を神格化したもので、水中に棲み、雲や雨をもたらすとされる。また、釈尊の誕生の際、灌水したのも竜王であった。人面人形で冠上に龍形を表す。
夜叉(Yaksa)
古代インドの悪鬼神の類を指すが、仏法に帰依して護法善神となったもの。空中を飛行する。
乾闥婆(Gandharva、けんだつば)
香を食べるとされ、神々の酒ソーマの守り神とも言う。 仏教では帝釈天の眷属の音楽神とされている。インド神話におけるガンダルバであり、ギリシア神話におけるケンタウロスと同源であると推定されることからインド・イラン共通時代よりもさらに印欧祖語時代に起源をさかのぼる。
阿修羅(Asura、あしゅら)
古代インドの戦闘神であるが、インド・イラン共通時代における中央アジア、イラン方面の太陽神が起源とも言われる。通常、三面六臂に表わす。
迦楼羅(Garuda、かるら)
金翅鳥(こんじちょう)とも言い、竜を好んで常食するという伝説上の鳥である。鷲の如き獰猛な鳥類の一類を神格化したもの。
緊那羅(Kimnara、きんなら)
音楽神であり、また半身半獣の人非人ともいう。人にも畜生にも鳥にも充当しない。仏教では乾闥婆と同様に帝釈天の眷属とされ、美しい声で歌うという。
摩序H羅伽(Mahoraga、まこらが)
緊那羅とともに帝釈天の眷属の音楽神ともいう。または廟神ともいわれる。身体は人間であるが首は蛇である。龍種に属す。大蛇(ニシキヘビとも)を神格化したもの。



金剛力士について
ウィキペディア(Wikipedia)より
金剛力士(こんごうりきし)は、仏教の護法善神(守護神)である天部の一つ。サンスクリットではVajradharaという。開口の阿形(あぎょう)像と、口を結んだ吽形(うんぎょう)像の2体を一対として、寺院の表門などに安置することが多い。一般には仁王(本来は二王と書く)の名で親しまれています。

原語は「金剛杵(こんごうしょ、仏敵を退散させる武器)を持つもの」の意。日本では寺院の入口の門の左右に仁王像が立っているのをしばしば見かける。像容は上半身裸形で、筋骨隆々とし、阿形像は怒りの表情を顕わにし、吽形像は怒りを内に秘めた表情に表わすものが多い。こうした造形は、寺院内に仏敵が入り込むことを防ぐ守護神としての性格を表わしています。

仁王像は安置される場所柄、風雨の害を蒙りやすく、中世以前の古像で、良い状態で残っているものはあまり多くない。寺門に安置された仁王像で日本最古のものは法隆寺中門に立つ塑像であるが、後世の補修が甚だしく、吽形像の体部はほとんど木造の後補に変わっています。なお、仁王像は仏堂内部に安置されることもある。奈良・興福寺の仁王像(鎌倉時代、国宝)は旧・西金堂堂内に安置されていたもので、当初から堂内安置用に造られたため、像高は小ぶりです。

仁王像は阿形・吽形の一対として造像するのが原則であるが、これを1体のみで表わした、執金剛神(しゅこんごうしん)と呼ばれる像があります。東大寺法華堂(三月堂)の本尊の背後の厨子内に安置された塑造執金剛神立像(国宝)がその例で、形勢や表情は一般の仁王像と似ていますが、裸形でなく甲冑を着けている点が異なります。東大寺法華堂にはこれとは別に一対の仁王像があり、阿形像が「金剛力士」、吽形像が「密迹力士」(みっしゃくりきし)と呼ばれています。これも着甲像です。

千手観音の眷属である二十八部衆の中にも仁王像がありますが、この場合、阿形像は「那羅延堅固王」(ならえんけんごおう)、吽形像は「密迹金剛力士」(みっしゃくこんごうりきし)と呼ばれます。

現存する大作としては建仁3年(1203)造立の東大寺南大門金剛力士(仁王)像を挙げねばなりません。造高8メートルに及ぶこれらの巨像は、平成の解体修理の結果、像内納入文書から運慶、快慶、定覚、湛慶(運慶の子)が小仏師多数を率いておよそ2か月で造立したものであることがあらためて裏付けられ、運慶が制作の総指揮にあたったものと考えられています。



梵天について
ウィキペディア(Wikipedia)より
梵天(ぼんてん)は、仏教の守護神である天部の一つ。古代インドの神ブラフマーが仏教に取り入れられたものです。
また、天部(六道や十界の 1つである天上界)は、さらに細かく分別されますが、色界十八天のうち、初禅三天の最高位(第三天)である大梵天を指して「梵天」と言う場合もあります。神としての梵天はこの大梵天に住み、その下の第二天である梵輔天には、梵天の輔相(大臣)が住み、さらにその下の第三天である梵衆天には、梵天の領する天衆がこの天に住むとされます。

古代インドのバラモン教の主たる神の1つであるブラフマーが仏教に取り入れられたものです。ブラフマーは、古代インドにおいて万物の根源とされた「ブラフマン」を神格化したものです。ヒンドゥー教では創造神ブラフマーはヴィシュヌ(維持神)、シヴァ(破壊神)とともに三大神の1人に数えられました。この神が仏教に取り入れられ、仏法の守護神となり、梵天と称されるようになりました。なお、釈迦牟尼が悟りを開いた後、その悟りを広めることをためらったが、その悟りを広めるよう勧めたのが梵天と帝釈天とされ、このことを梵天勧請(ぼんてんかんじょう)と称されます。

梵天は、帝釈天と一対の像として祀られることが多く、両者を合わせて「梵釈」と称することもあります。

日本における梵天・帝釈天一対像としては、東大寺法華堂(三月堂)乾漆像、法隆寺旧食堂塑像、唐招提寺金堂木像などが奈良時代にさかのぼる遺例として知られ、奈良・興福寺には鎌倉時代作の像があります。これらの像はいずれも二臂の、普通の人間と同じ姿で表わされ、頭には宝髻を結って、手には払子や鏡、柄香炉を持つなど、唐時代の貴人の服装をしています。これらの梵天像と帝釈天像はほとんど同じ姿に表現され、見分けのつかない場合もありますが、帝釈天像のみが、衣の下に皮製の甲(よろい)を着けている場合もあります。

密教における梵天像は四面四臂で表わされる。これはヒンドゥー教のブラフマー像の姿が取り入れられたもので、彫像では京都・東寺講堂の木像が著名です。東寺像は四面四臂の坐像で、4羽の鵞鳥(ハンサ鳥)の上の蓮華座に乗っています。

聖観音を本尊とした梵天と帝釈天の三尊形式も見られ、平安時代に二間観音供のために祀られたものです。この遺例としては、鎌倉時代後期の東寺の白檀像、愛知県の瀧山寺に見ることができます。瀧山寺像は、運慶の作とされています。

「万物の根源」という漠然としたものを造形化した神で、親しみがわきにくいためか、インドでも日本でも梵天に対する民衆の信仰はあまり高まりませんでした。



帝釈天について
ウィキペディア(Wikipedia)より
帝釈天(たいしゃくてん)は、密教の守護神である天部の一つ。バラモン教・ヒンドゥー教・ゾロアスター教の武神(天帝)でヒッタイト条文にもみられるインドラ(梵: इंद्र、इन्द्र)と同一の神。阿修羅の娘である舎脂の夫。梵天と一対の像として表されることが多い。釋提桓因(しゃくだいかんいん)とも記載される。釋は字(あざな)、提桓因は天主のこと。

帝釈天の名はインドラの名前の梵: इंद्र、इन्द्र 醇{akro dev醇Fn醇Fm indraḥのうち、醇{akraを釈と音訳したものに、devaを天と意訳して後部に付け足し、indraを帝と意訳して冠したもの。

本来のインドラ神は、阿修羅とも戦闘したという武勇の神であったが、仏教に取り入れられ、成道前から釈迦を助け、またその説法を聴聞したことで、梵天と並んで仏教の二大護法善神となりました。

四天王などを配下とし、須弥山の頂上・緒Z利天の善見城に住むとされる。インドにおける仏伝図様においては、釈迦に従う帝釈天の様子が描かれることがあります。

涅槃経巻33や大智度論巻56には、帝釈天が人間だった頃の名前は緒゙尸迦(きょうしか、Kau醇{ika)であると説かれています。かつて昔にマガダ国の中で名を摩伽(まか)、姓を緒゙尸迦という、福徳と大智慧あるバラモンがいました。彼には知人友人が32人いて共に福徳を修して命終して、須弥山の頂の第2の天上に生まれました。摩伽バラモンは天主となり、32人は輔相大臣となったため、彼を含めた33人を三十三天といいます。これゆえに釈迦仏は彼の本名である緒゙尸迦と呼ぶといいます。また、このために彼の妻・舎脂を緒゙尸迦夫人と呼ぶこともあります。

日本では、頭上に宝髻を結び、中国式の礼服を着た二臂像として表現されることが多い。また、着衣下に甲冑をつけることもあり、手には金剛杵や蓮茎などを執ることがあります。

密教においては、一面二臂で、冠を戴き、身体には甲冑を着け、手には独鈷杵を執る例が見られます。また、白象にまたがった姿でも表現されます。



吉祥天について
ウィキペディア(Wikipedia)より
吉祥天(きっしょうてん、Skt:Srii-mahadeii、音写:摩訶室利など)は、仏教の守護神である天部の一つ。

もとヒンドゥー教の女神であるラクシュミー(Laksmii)が仏教に取り入れられたもの。ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の妃とされ、また愛神カーマの母とされます。

仏教では毘沙門天の妃また妹ともされ、善膩師童子を子と持ちます。鬼子母神を母とし、徳叉迦龍王を父とするとも言われます。また妹に黒闇天がいます。

早くより帝釈天や大自在天などと共に仏教に取り入れられました。後には一般に弁才天と混同されることが多くなりました。

日本においては、神社でも信仰の対象としているところもあり、神道の神でもあります。

北方・毘沙門天の居所を住所とし、未来には成仏して吉祥摩尼宝生如来(きちじょうまにほうしょうにょらい)になると言われます。

吉祥とは繁栄・幸運を意味し幸福・美・富を顕す神とされ、密教においては功徳天ともいわれている。また、美女の代名詞として尊敬を集め、金光明経から前科に対する謝罪の念(吉祥悔過・きちじょうけか)や五穀豊穣でも崇拝されています。

今では七福神で唯一の女神は弁才天(弁財天)であるが、当初の紅一点は吉祥天であったとも言われます。同じく金運等の福徳の女神としては、主に貴族から崇拝されていた吉祥天よりも、庶民を主とする万人から崇拝されていた弁才天が一般的であったためであろうと思われます。



以上が「四天王」以外の「天部」についてです。

少しは参考になりましたでしょうか?

素晴らしい国宝彫刻(仏像)を見に貴方も旅に行ってみませんか?

まだまだ国宝彫刻(仏像)には、たくさんの種類があります。

これからもぼちぼち紹介させていただきたいと思います。

それではまた!

国宝彫刻(仏像)
その一「阿弥陀如来像」へ

その二「薬師如来像」へ

その三「釈迦如来」へ

その四「大日如来像」と「慮舎那仏像」へ

その五「観音菩薩像」へ

その六「弥勒菩薩像」へ

その七「その他の菩薩像」へ

その八「明王像」へ

その九「四天王像」へ

その十「その他の天部像」へ

仏(仏像)の種類と起源」へ

近畿2府4県の国宝彫刻(仏像)へ

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奈良のお寺・神社一覧(178件)

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2008.2.24
2009.12.26
2010.10.23

東大寺
2008.2.24(1)(2)
2009.12.26
2010.4.11
2010.12.16
2011.3.4
2011.4.9
2011.8.15
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2008.2.24
2010.12.16
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2008.2.24
2012.1.14

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2009.12.26
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2008.3.8
2012.1.14

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2009.12.26
2010.10.23



奈良南西部及び西の京
佐保、佐紀路辺り


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2008.2.24
2010.10.23
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唐招提寺
2008.2.24
2009.11.8
2010.6.5(1)(2)

秋篠寺

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2009.12.12(1)(2)(3)(4)
2010.3.13
2010.3.22
2010.4.11

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当麻寺
2008.3.2
2010.4.29(1)(2)



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2008.3.2
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赤字は世界遺産
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2008.5.4
2011.10.20


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2008.3.22
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2008.3.30
2010.4.18

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2008.3.30
2010.4.18


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