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法華寺(ほっけじ) 国宝「十一面観音立像」(じゅういちめんかんのんりゅうぞう)開帳と地図

まずは法華寺んも様子をご覧ください。




2010.3.22 奈良県の「法華寺」と「法隆寺」に行ってきました。

この日はまだ肉眼で拝観できていなかった秘仏2件を見に行きました。

「法華寺」の国宝「十一面観音立像」と「法隆寺」の国宝「聖徳太子、五駆像」の2件です。

今回はまず法華寺をご紹介します。

今回も愛車「ホンダ TODAY 50cc」での探索です。

自宅から国道308号線で暗峠越えのコースで168号線から阪奈道路で「法華寺」へ。

今日も寒かったです。

1時間もかからず「法華寺」に到着しました。

法華寺 赤門
「赤門」


法華寺


ここ「法華寺」に来るのはこのブログを始めて2度目になります。

前回の記事はこちらをご覧下さい。

前回は秘仏「十一面観音立像」を見ることが出来ませんでしたが、今回はこの日を待って万全でやって来ています。

法華寺 南大門
「南大門」


法華寺




法華寺について
ウィキペディア(Wikipedia)より
法華寺(ほっけじ)は、奈良県奈良市法華寺町にある光明宗のお寺です。奈良時代には日本の総国分尼寺とされた。本尊は十一面観音、開基は光明皇后。宗旨はもと真言律宗に属したが、1999年に同宗を離脱し、光明宗と称する。

光明皇后ゆかりの門跡尼寺として知られる(門跡寺院とは、皇族、貴族の子女などが住職となる格式の高い寺院の称)。東大寺が全国の総国分寺であったのに対し、法華寺は総国分尼寺と位置づけられ、詳しくは法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)といいました。法華寺の地にはもと藤原不比等の邸宅があり、不比等の没後、娘の光明子、すなわち光明皇后がこれを相続して皇后宮としました。天平17年(745年)5月、皇后宮を宮寺としたのが法華寺の始まりです(続日本紀)。この宮寺を「法華寺」と称したことが文書で確認できるのは、2年後の天平19年(747年)からです。

聖武天皇は天平13年(741年)2月14日、国分寺・国分尼寺建立の詔を発した(詔の日付は「類聚三代格」による)。法華寺は、この詔に基づいて建立整備された国分尼寺です。ただし、前述のように、法華寺の前身である皇后宮を宮寺としたのは4年後の天平17年(745年)5月のことであり、国分尼寺を意味する「法華寺」の寺号の使用が確認できるのは、天平19年(747年)正月の「法華寺政所牒」(正倉院文書)が初見です。国分寺・国分尼寺建立の詔が発せられてからの数年間、大和国の国分尼寺は存在しなかったのか、存在したとしたらどこにあったのかなど、創建経緯の細部については不明な点が多い。福山敏男は、天平16年6月8日付けの「金光明寺写経所文書」(正倉院文書)に「法花寺」という寺名が見えることに着目し、現・法華寺の創建以前に別の場所に「法花寺」すなわち国分尼寺が存在したこと、それは東大寺の前身寺院である金鐘寺に属していた阿弥陀堂であろうという説をとなえた。

法華寺は皇后発願の寺院であり、国分尼寺という位置づけでありながら、伽藍の完成までには相当の歳月を要したとみられます。天平宝字6年(762年)の「作金堂所解(さくこんどうしょげ)」及び「造金堂所解案」という文書を見ると、この時点で金堂の建立工事がまだ続いていたことがわかります。なお、法華寺造営のための役所であった造法華寺司は延暦元年(782年)に廃止されており、遅くともこの頃までには伽藍整備が完成していたと見られます。

発掘調査の結果、奈良時代の法華寺の境内は平城宮東宮の東に接し、北は一条条間路、南は二条条間路、東は東二坊大路、西は東一坊坊間路を境として、南北3町、東西2町に及んでいたことがわかりました。創建当初の金堂や講堂は、現・法華寺南門のさらに南に位置し、金堂の南に中門、その南には東西両塔があったことがわかっています。さらに、境内南西部には天平宝字3年(759年)から翌年にかけて建立された阿弥陀浄土院がありました。阿弥陀浄土院は、丈六の阿弥陀三尊像を本尊とし、『続日本紀』によれば、天平宝字5年(761年)、光明皇太后の一周忌がここで営まれています。

法華寺は平安京遷都以後は次第に衰微し、平安時代末期にはかなり荒廃していたことが当時の記録から伺える。治承4年(1180年)の平重衡の兵火では東大寺、興福寺が炎上し、法華寺も被害を受けたといいます。

鎌倉時代に入り、東大寺大仏の再興を果たした僧・俊乗坊重源(しゅんじょうぼう ちょうげん)は、建仁3年(1203年)、法華寺の堂宇や仏像を再興しました。現在も寺に残る鎌倉時代様式の木造仏頭は、この再興時の本尊廬舎那仏(るしゃなぶつ)の頭部であると推定されている。さらに、その半世紀後、鎌倉時代中期の真言律宗の僧・叡尊(えいそん)によって本格的な復興がなされました。

その後、明応8年(1499年)と永正3年(1506年)の兵火や慶長元年(1596年)の地震で東塔以外の建物を失い、現在の本堂、鐘楼、南門は慶長6年(1601年)頃、豊臣秀頼と母の淀殿が片桐且元を奉行として復興したものです。なお、兵火や地震の被害をまぬがれていた東塔は宝永4年(1707年)の地震で倒壊しました。

法華寺は叡尊の時代以来、真言律宗における門跡寺院としての寺格を保っていたが、平成11年(1999年)、創建当時のように独立した寺に戻ることとなり、光明皇后にちなんで「光明宗」と名づけ離脱・独立しました。


ここで僕の大好きな国宝のご紹介
彫刻
*十一面観音立像
*絹本着色阿弥陀三尊及び童子像 (奈良国立博物館に寄託)
以上



今年は光明皇后の1250年大遠忌法要が行われるそうです。
法華寺


早速境内へ。

前回もご紹介しましたけど、もう一度おもな建造物をご紹介しますと。

「赤門」をくぐって右手に「薬師堂」「稲荷神社」「横笛堂」があります。

法華寺 薬師堂
「薬師堂」

法華寺 稲荷神社
「稲荷神社」

法華寺 横笛堂
「横笛堂」


左には「鐘楼」「護摩堂」「慈光殿」そして「本堂」があります。

法華寺 鐘楼
「鐘楼」

法華寺 護摩堂

「護摩堂」

法華寺 慈光殿
「慈光殿」

法華寺 本堂
「本堂」


この「本堂」に今日のお目当ての国宝秘仏「十一面観音立像」(じゅういちめんかんのんりゅうぞう)は安置されています。

早速「本堂」の中へと入りました。

本尊「十一面観音立像」は僕が思っていたよりも小柄な仏様でした。

像高1メートルだそうです。

仏様は薄暗い厨子の中にいらっしゃいました。

カヤ材の一木造りだそうです。

なにか今にも動き出しそうな程の流動感のある仏様でした。

奈良の「聖林寺」や京都の「観音寺」のものとはまた違った感じがありました。

法華寺 十一面観音
国宝「十一面観音立像」(じゅういちめんかんのんりゅうぞう)
絵はがきより


大変素晴らしい仏様でした。感謝。

その他にも「法華寺」には素晴らしいところがあります。

法華寺 浴室
「浴室」(からふろ)


法華寺 光月亭
「光月亭」


法華寺 華樂園
「華樂園」


「華樂園」のお花は大変綺麗でした。

4月1日~6月9日には「名勝庭園」も公開されます。

今年は特別に10月1日~11月30日にも公開されるそうです。

通常3月20日~4月7日、6月5日~6月9日に開帳される国宝「十一面観音立像」が、5月1日~5月9日、10月23日~11月10日にもも特別開帳されるそうです。

大変素晴らしいひと時を過ごすことができました。

僕は「法華寺」を後にして「法隆寺」へと向うのでした。

しかしこの続きは次回ということで。

それではまた!

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拝観料 大人500円、中学生300円、小学生200円

駐車場あります 無料

時間 9:00~17:00







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2010.3.22 奈良県の国宝建造物と彫刻探索の旅 
法華寺 法隆寺 

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