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東大寺(とうだいじ) 国宝「俊乗上人坐像」(しゅうんじょうしょうにんざぞう)と地図

まずは東大寺の様子を動画でご覧ください。




2010.4.11 奈良県の「法隆寺」と「東大寺」を探索に行きました。

前回の「法隆寺」からの続きをご紹介します。

「法隆寺」を後にした僕は徒歩で再び「JR法隆寺駅」へ。

「JR奈良駅」まで電車に乗り、そこからはバスで「東大寺」まで行きました。

到着したのは11時半ぐらいだったでしょうか。

それはもうたくさんの人でいっぱいでした。

今回の僕の「東大寺」での目的は今年だけ特別にこの時期(4月2日~4月15日)に公開される国宝「俊乗上人坐像」を見ることと、もうすぐ工事のため拝観出来なくなる「法華堂」の仏像を見ておくことです。

通常「俊乗上人坐像」は7月5日と12月16日のみの開帳です。

平城遷都1300年祭のため特別に開帳されます。

「東大寺」の国宝彫刻は僕にとっては結構難関です。

まだ肉眼で拝観できていない「東大寺」の国宝彫刻は4件あります。

その4件の開帳日は

良弁僧正坐像・執金剛神立像は12月16日のみ。
俊乗上人坐像は7月5日と12月16日のみ。
僧形八幡神坐像は,10月5日のみ。

とサラリーマンの僕には土日しかチャンスがないので何年もかかってしまう難関なんです。

ですから今回の特別開帳は超ラッキーと言えます。

今回は「大仏殿」などのメジャースポットは後回しでまず国宝「俊乗上人坐像」が待つ「俊乗堂」へと急ぎました。

「東大寺」の国宝建造物や彫刻ついての説明は過去の記事を参考にして下さい。

今までの「東大寺」の探索記
2008.2.24の探索記その一 その二
2009.12.26の探索記
2010.12.16「秘仏良弁僧正坐像と執金剛神立像開帳」の探索記
2011.3.4「お水取り」(修二会)の探索記
2011.4.9 国宝「本坊経庫」(ほんぼうきょうこ)探索記
2011.8.15 「万燈供養会」(まんとうくようえ)の探索記
2012.1.14 東大寺ミュージアム探索記

「俊乗堂」は「大仏殿」と「二月堂」「法華堂」の中間ぐらいの「鐘楼」のそばにあります。

東大寺
「俊乗堂」


ついにご対面の時を迎えました。

ドキドキしながらお堂の中へ入りました。(拝観料500円)

東大寺
国宝「俊乗上人坐像」(しゅんじょうしょうにんざぞう)
パンフレットより


この像は「俊乗上人」が86歳で没した直後の制作と思われ、鎌倉時代肖像彫刻の傑作だそうです。

今にも動き出しそうな迫力ある彫刻でした。

「もしかして剥製?」ぐらい思ってしまうほどのものでした。

ところで俊乗上人てどんな人なんでしょう。


ここで俊乗房重源上人について
ウィキペディア(Wikipedia)より
重源(ちょうげん、1121年(保安2年) - 1206年7 月12日(建永元年6月5日))は、中世初期の日本に生きた人物です。平安時代末期から鎌倉時代にかけて活動した僧です。房号は俊乗房(しゅんじょうぼう、俊乗坊とも記す)。
東大寺大勧進職として、源平の争乱で焼失した東大寺の復興を果たしました。

出自と経歴
紀氏の出身で紀季重の子。長承2 年(1133 年)、真言宗の醍醐寺に入り、出家する。のち。浄土宗の開祖・法然に学ぶ。四国、熊野など各地で修行をする。中国(南宋)を3度訪れたといいます。

東大寺は治承4年(1180年)、平重衡の南都焼打によって伽藍の大部分を焼失。大仏殿は数日にわたって燃え続け、大仏(盧舎那仏像)もほとんどが焼け落ちました。

養和元年(1181年)、重源は被害状況を視察に来た後白河法皇の使者である藤原行隆に東大寺再建を進言し、それに賛意を示した行隆の推挙を受けて東大寺勧進職に就きました。当時、重源は齢61 でした。

東大寺大勧進職
東大寺の再建には財政的・技術的に多大な困難がありました。周防国の税収を再建費用に当てることが許されましたが、重源自らも勧進聖や勧進僧、土木建築や美術装飾に関わる技術者・職人を集めて組織し、勧進活動によって再興に必要な資金を集め、それを元手に技術者や職人が実際の再建事業に従事しました。また、重源自身も京の後白河法皇や九条兼実、鎌倉の源頼朝などに浄財寄付を依頼し、それに成功しています。

重源自らも中国で建設技術・建築術を習得したといわれ、中国の技術者・陳和卿の協力を得て職人を指導しました。自ら巨木を求めて山に入り、奈良まで移送する方法も工夫したといいます。また、伊賀・紀伊・周防・備中・播磨・摂津に別所を築き、信仰と造営事業の拠点としました。

途中、いくつもの課題もありました。最大のものは大仏殿の次にどの施設を再興するかという点で塔頭を再建したい重源と僧たちの住まいである僧房すら失っていた大衆たちとの間に意見対立があり、重源はその調整に苦慮しています。なお、重源は東大寺再建に際し、西行に奥羽への砂金勧進を依頼しています。

こうした幾多の困難を克服して、重源と彼が組織した人々の働きによって東大寺は再建されました。文治元年8月28日(1185年9 月23日)には大仏の開眼供養が行われ、建久6 年(1195 年)には大仏殿を再建し、建仁3 年(1203 年)に総供養を行っています。

以上の功績から重源は大和尚の称号を贈られています。

重源の死後は、臨済宗の開祖として知られる栄西が東大寺大勧進職を継ぎました。

東大寺には重源を祀った俊乗堂があり、「重源上人坐像」(国宝)が祀られています。鎌倉時代の彫刻に顕著なリアリズムの傑作として名高い。浄土寺(播磨別所)、新大仏寺(伊賀別所)、阿弥陀寺(周防別所)にも重源上人坐像が現存します。



どうですか?素晴らしいお坊さんでしょ。

この人なしには今の「東大寺」は語れないんではないでしょうか。

「重源」さんに感謝です。

「俊乗堂」を後にした僕はさらに坂を登り「二月堂」「法華堂」のある東の方へ。

もう一つの目的「法華堂」の彫刻を見に行きました。

前にも書きましたとおり平成22年5月18日~7月31日まで「法華堂」は拝観停止になります。

文化庁の調査により、3年計画の予定で修復工事をするそうです。

そのため須弥壇上から全ての仏像を別に移すそうです。

8月1日から入堂は再開されますが、内陣には入堂できず礼堂からの拝観になるそうです。

しかも国宝12体、重文4体の仏像のうち堂内には「弁才天」「日光菩薩」「月光菩薩」「帝釈天」「梵天」「地蔵菩薩」「不動明王」の7体だけが残るそうです。

さらに12月16日の「執金剛神」秘仏開帳は入堂制限での開帳になる予定だそうです。

さらに平成23年10月以降は「日光菩薩」「月光菩薩」「弁才天」「吉祥天」の塑像群は現在建築中の「東大寺総合文化センター」に安置されるそうです。

僕にとっては大変ショックなんです。

今の形で「法華堂」内を見られるのはおそらくこれで最後になります。

ですから悔いが残らないように気が済むまで「法華堂」を見ておこうと思いました。

東大寺
国宝「東大寺法華堂」(三月堂)

国宝「東大寺法華堂」(三月堂)(とうだいじほっけどう)
天平19頃(正堂)、正治元(礼堂)(747頃(正堂)、1199(礼堂))
正面五間、側面八間、前部入母屋造、後部寄棟造、本瓦葺閼伽棚を含む
境内の東方、若草山麓にあります。東大寺に残る数少ない奈良時代建築の1つであり、天平仏の宝庫として知られます。創建当時は羂索堂(けんさくどう)と呼ばれ、東大寺の前身寺院である金鐘寺(こんしゅじ)の堂として建てられたもので、創建時期は天平12年(740年)から同20年(748年)頃と推定されています。建物の北側(参道側から見て向かって左側)の、仏像が安置されている寄棟造の部分を正堂(しょうどう)、南側の入母屋造部分を礼堂(らいどう)と呼びます。正堂は奈良時代の建築、礼堂は奈良時代にも存在しましたが、現在あるものは鎌倉時代の正治元年(1199年)頃(異説もある)に付加したものです。堂内には多数の仏像を安置し、うち本尊の不空羂索観音立像をはじめ9体の乾漆像(麻布を漆で貼り固めた張り子状の像)と、執金剛神像を含む5体の塑像(粘土製の像)が奈良時代のものです。細かい制作年代や当初の安置状況については諸説ありますが、9体の乾漆像が当初からの安置仏で、塑像の日光・月光菩薩、吉祥天・弁才天の計4体は客仏(後世に他の堂から移された像)とするのが通説です。執金剛神像については当初から安置されていたとする説と客仏とする説があります。

ここで「法華堂」に安置されている彫刻を全て紹介します。
国宝
*不空羂索観音立像(ふくうけんざくかんのんりゅうぞう)
奈良時代。高さ3.6メートル。三眼八臂(額に縦に第3の目があり、8本の腕をもつ)の観音像である。頭上の宝冠は、正面に銀製の阿弥陀如来像を飾り、数多くの宝石や透かし彫りで飾った華麗なもので、普段は近くで見ることはできないが、奈良時代工芸の優品として知られる。
*日光・月光菩薩立像(にっこう・がっこうぼさつりゅうぞう)
奈良時代。本尊不空羂索観音の両脇に静かに合掌して立つ。天平彫刻の代表作として著名だが、造像の経緯等は定かでなく、本来の像名も不明である(「日光・月光菩薩」という名称は後世に付けられたもので、本来は、薬師如来の脇侍となる菩薩)。像の表面は現状ほとんど白色だが、制作当初は彩色像であった。本来の像名は梵天・帝釈天だった、とする説もある。
*執金剛神立像(しゅこんごうじんりゅうぞう)
本尊不空羂索観音の背後の厨子に北向きに安置される。右手に金剛杵(こんごうしょ、仏敵を追い払う武器)を持ち、目を吊り上げて威嚇する武神像である。長らく秘仏であったため、当初の彩色がよく残る。執金剛神とは、仁王像を1体で表わしたもの。本像は東大寺の開山(初代住職)良弁の念持仏と伝え、平将門の伝説でも知られる、古来著名な像である。伝説によれば、平将門が東国で乱を起こした時、この像の髻(もとどり、結髪)を結んでいる元結紐(もとゆいひも)の端が蜂となって飛び去り、将門を刺して苦しめたという。たしかに、本像の元結紐は今も片側が欠失している。秘仏であり、良弁の命日の12月16日のみ公開される。
*梵天・帝釈天立像(ぼんてん・たいしゃくてんりゅうぞう)
*金剛力士立像(こんごうりきしぞう)
*四天王立像(してんのうりゅうぞう)
重文
*吉祥天・弁才天立像
奈良時代。堂内の厨子に安置されている。唐三彩の婦人俑に似た豊満な貴婦人の形をとっている。吉祥天は二臂、弁才天は八臂。いずれも破損が著しいがかえって塑像の構造が明らかにされており、美術史上貴重な資料である。
*不動明王二童子像
*地蔵菩薩坐像

以上国宝12体、重文4体の計16体の彫刻が安置されています。

まさに「宝の山」です。

僕が今までに見てきた全ての中でも3本の指に入る「法華堂」です。

気合を入れて「法華堂」内へ。

今日はやはりたくさんの人がいました。

まずはご本尊、国宝「不空羂索観音立像」に手を合わせてから全ての仏像を食い入るように見て回りました。

「やっぱりええなあ」というのが感想です。

堂内の広さ、諸尊の配置、雰囲気、どれをとっても完璧です。

どれぐらいここにいたでしょうか。

本当に時を忘れて心行くまで最後の「法華堂」を満喫しました。

しかしなんでよそに仏像を移すんでしょうね。

また元通りにしたらいけないんですかね。

なんか本当に残念でなりません。

僕と同じ気持ちの方もたくさんいらっしゃることでしょう。

ため息交じりで「法華堂」を後にした僕でした。

あとは「二月堂」「大仏殿」などの国宝建造物を見て回りました。

それと今までちゃんと見た事が無かった「東塔跡」と「西塔跡」なども見て回りました。

それとなんといっても桜もまだ残っていて大変綺麗でした。

最後に「東大寺」の桜をご覧下さい。

東大寺
国宝「東大寺金堂」(大仏殿)(とうだいじこんどう)


東大寺
回廊前の桜


東大寺
国宝「東大寺二月堂」(とうだいじにがつどう)


東大寺
国宝「東大寺南大門」(とうだいじなんだいもん)


東大寺
金堂内にある創建当初の伽藍の模型

金堂の左右にある七重塔の右側が「東塔」左側が「西塔」です。

東塔
東塔跡・西塔跡ともに土壇が残るのみで、礎石は持ち去られて残っていません。「東大寺要録」には天平勝宝5年(753年)完成とありますが、天平宝字8年(764年)に塔の露盤を上げたとの記録もあり、この頃の完成とみられます。塔は治承4年(1180年)の兵火で焼失。その後復興され、安貞元年(1227年)に完成するが、康安2年(1362年)に落雷で再び焼け、以後は再建されませんでした。平成22年(2010年)4 月、東大寺は東塔再建に向けて数年内に塔跡地の発掘調査を開始すると発表。時期は未定ですが、再建されれば約650年ぶりに東塔が姿を現すこととなります。なお、大阪の藤田美術館の庭に東大寺東塔の心礎と伝えられる礎石があるが東塔のものであるという確証はありません。

西塔
「東大寺要録」には天平勝宝5年(753年)閏3月完成とありますが、閏3月があったのは前年の天平勝宝4年(752年)であり、実際は東塔と同じ頃の完成とみられます。塔は承平4年(934年)に焼失。その後復興が計画されるが、工事途上の長保2年(1000年)再び焼失、以後は再建されませんでした。

東塔・西塔ともに七重塔で、高さは「東大寺要録」には23丈強、「朝野群載」には33丈強とあり、後者の説をとれば、相輪を含めた総高は約100メートルとなる。
日本万国博覧会を描いたシャールジャの切手。国鉄のリニアモーターカーや古河館がある。

1970 年大阪で開催された日本万国博覧会の古河館で東大寺七重塔が再現されました。建物は博覧会終了後取り壊されたが、相輪のみが保存され、大仏殿回廊の東側に建てられています。
東大寺
桜の置くの盛り上がった所が「東塔跡」です。


東大寺
「西塔跡」


東大寺
「相輪」


やっぱり何度来ても新しい魅力が見つかる「東大寺」でした。

僕の小さな目標「近畿2府4県の世界遺産と国宝建造物、彫刻をすべてこの目で見る」というものはまだまだ遠いです。

この「東大寺」でもあと

*良弁僧正坐像
*執金剛神立像
*僧形八幡神坐像
の3件が残っています。

しかし今日の「法隆寺」の国宝「観音菩薩立像」(救世観音)と「東大寺」の国宝「俊乗上人坐像」で近畿2府4県の国宝彫刻121件中95件をこの目で見たことになりました。

一つ一つの積み重ねが大切なんですよね。

次の目標は4月18日に地元大阪の国宝彫刻がなんと3件も開帳されます。

去年から待ちに待った日がやってきます。

その3件とは

*「観心寺」の国宝「如意輪観音坐像」
*「葛井寺」の国宝「千手観音坐像」(十一面千手千眼観世音菩薩像)
*「道明寺」の国宝「十一面観音菩薩立像」
の3件です。

「観心寺」に至っては4月18日の1日のみのご開帳ですので日曜日に当たってくれて超ラッキーです。

次回をご期待下さい。

それではまた。

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2008.2.24の探索記その一 その二

2009.12.26の探索記

2010.4.11「俊乗上人坐像」の探索記

2010.12.16「秘仏良弁僧正坐像と執金剛神立像開帳」の探索記

2011.3.4「お水取り」(修二会)の探索記

2011.4.9 国宝「本坊経庫」(ほんぼうきょうこ)探索記

2011.8.15 「万燈供養会」(まんとうくようえ)の探索記

2012.1.14 東大寺ミュージアム探索記

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