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平等院(びょうどういん) 2010.4.24 その一と地図

まずは「平等院」の動画をご覧ください




2010.4.24 2008.3.22以来の京都府宇治市にある「平等院」と宇治上神社」に行ってきました。

今回一番の目的は、前回時間の都合上見れなくて涙を飲んだ「平等院鳳凰堂」に安置されている国宝「阿弥陀如来坐像」「雲中供養菩薩像」を見ることです。

今日は絶対ゆっくり「平等院」を見ようと思います。

前回2008.3.22の様子はこちらへ

2年間積もり積もったストレスを解消すべく気合を入れて午前7時頃の電車に乗り込みました。

前回は車で行きましたが、今回は絶対1番乗りしたかったので確実な電車を選びました。

近鉄奈良線で「近鉄奈良駅」下車。徒歩で「JR奈良駅」へ。そしてJR奈良線で「JR宇治駅」というルートで行きました。

まずは「平等院」を目指します。

平等院


結構早く着いてしまったので駅から「平等院表参道」までの商店街の中の喫茶店でモーニングしました。

商店街をまっすぐ行くと宇治川に突き当たります。

平等院

平等院


「うじはし」の近くに「紫式部」の像がありました。

このあたりは「源氏物語」の「宇治十帖」の舞台です。

このあたりからが「平等院表参道」です。

平等院


さすがお茶所宇治です。

参道はお茶屋さんや和菓子屋さんがいっぱい軒を連ねていました。

平等院


そして参道を抜けるといよいよ「平等院」です。

平等院


平等院


ここ「平等院」は世界遺産「古都京都の文化財」の一つです。

世界遺産「古都京都の文化財」について
世界遺産登録理由
京都府京都市・宇治市、滋賀県大津市に点在する寺社等の総称。具体的には賀茂別雷神社(上賀茂神社)賀茂御祖神社(下鴨神社)教王護国寺(東寺)清水寺延暦寺醍醐寺仁和寺平等院宇治上神社高山寺、西芳寺(苔寺)、天龍寺鹿苑寺(金閣寺)慈照寺(銀閣寺)竜安寺本願寺二条城の 17件。京都は8世紀から17世紀の間、宗教・非宗教建築と庭園設計の進化にとり主要中心地であり、日本の文化的伝統の創出に決定的な役割を果たし、特に庭園は19世紀以降世界の他の地域において意義深い影響を与えたことなどが評価されたもの。


平等院について
ウィキペディア(Wikipedia)より
平等院(びょうどういん)は、京都府宇治市にある藤原氏ゆかりのお寺です。平安時代後期・11 世紀の建築、仏像、絵画、庭園などを今日に伝え、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されています。山号は朝日山。宗派は17 世紀以来天台宗と浄土宗を兼ね、現在は特定の宗派に属さない単立の仏教寺院となっています。本尊は阿弥陀如来、開基は藤原頼通、開山は明尊。

京都南郊の宇治の地は、「源氏物語」の「宇治十帖」の舞台であり、平安時代初期から貴族の別荘が営まれていました。現在の平等院の地は、9世紀末頃、光源氏のモデルとも言われる左大臣である嵯峨源氏の源融(みなもと の とおる)が営んだ別荘だったものが宇多天皇に渡り、天皇の孫である源重信を経て長徳4 年(998年)、摂政藤原道長の別荘「宇治殿」となったものです。道長は万寿4 年(1027 年)に没し、その子の関白藤原頼通は永承7 年(1052 年)、宇治殿を寺院に改めました。これが平等院の始まりです。開山(初代執印)は小野道風の孫にあたり、園城寺長吏を務めた明尊です。創建時の本堂は、鳳凰堂の北方、宇治川の岸辺近くにあり大日如来を本尊としていましたが、翌天喜元年(1053 年)には、西方極楽浄土をこの世に出現させたような阿弥陀堂(現・鳳凰堂)が建立されました。

平安時代後期、日本では「末法思想」が広く信じられていました。釈尊の入滅から2000年目以降は仏法が廃れ、天災人災が続き、世の中は乱れるとする思想である。平等院が創建された永承7年(1052年)は、当時の思想ではまさに「末法」の元年に当たっており、当時の貴族は極楽往生を願い、西方極楽浄土の教主とされる阿弥陀如来を祀る仏堂を盛んに造営しました。

平安時代後期の京都では、平等院以外にも皇族・貴族による大規模寺院の建設が相次いでいました。藤原道長は寛仁4 年(1020 年)、無量寿院(のちの法成寺)を建立、また11 世紀後半から12世紀にかけては白河天皇勅願の法勝寺を筆頭に、尊勝寺、最勝寺、円勝寺、成勝寺、延勝寺のいわゆる「六勝寺」が今の京都市左京区岡崎あたりに相次いで建立されました。しかし、これらの大伽藍も今は現存せず、平安時代の貴族が建立した寺院が建物、仏像、壁画、庭園まで含めて残存するという点で、平等院は唯一の史跡です。ただ、平等院も建武3年(1336年)の楠木正成と足利氏の軍勢の戦いの兵火をはじめ、度重なる災害により堂塔は廃絶し、鳳凰堂のみが奇跡的に災害をまぬがれて存続しています。

平等院には、鳳凰堂以外に以下のような堂塔が建ち並んでいました。
*法華堂 - 天喜4年(1056年)、頼通によって建立。今の平等院ミュージアム付近にあった。
*多宝塔 - 康平4年(1061年)、頼通の娘の四条宮寛子(かんし)によって建立。鳳凰堂の南東方向の宇治川べりにあった。
*五大堂 - 治暦2年(1066年)、右大臣藤原師実(頼通三男)によって建立。鳳凰堂背後の浄土院付近にあった。
*不動堂 - 延久5年(1073年)、右大臣源師房(頼通養子)によって建立。鳳凰堂の南西方にあった。


ここで僕の大好きな国宝のご紹介。
建造物
*平等院鳳凰堂 中堂、両翼廊、尾廊の4棟
彫刻
*阿弥陀如来坐像
*雲中供養菩薩像 52躯
*天蓋
その他
*鳳凰1対
*梵鐘
*壁扉画14面
以上



平等院
「平等院境内古図」
パンフレットより



前回車で来た時は「南門」から入りましたが、今回は「表門」から入ります。

「表門」の前の「藤棚」がとても綺麗でした。(写真撮り忘れてしまいました)

8時50分早速境内へ。

まず「表門」から入ると左手に「藤棚」と「観音堂」そして「観音堂の裏手に「扇の芝」があります。

平等院
「藤棚」と「観音堂」

鎌倉時代初期の建築で本堂跡に建てられました。本尊十一面観音立像(平安時代後期)を安置していましたが、現在は鳳翔館に移されています。
平等院
「扇の芝」

治承4年(1180)5月、平家打倒を掲げた源頼政は宇治で決戦に及び、敗れました。ここで辞世の和歌「埋もれ木の 花咲くこともなかりしに 身のなる果 てぞ 悲しかりける。」 を残し自刃しましました。

そしていよいよお目当ての国宝「平等院鳳凰堂」です。

しかし堂内拝観は9時30分からです。受付は9時10分から。

とにかく前回の苦い思い出がありますので受付にいの一番に行って並びました。

50人ずつ20分交代での拝観になります。(前回は遅く来たので2時間待ちでした)

僕が受付の先頭に並ぶとあっというまに行列ができました。(よかったです)。

無事受付完了し、20分程時間もありますので「鳳凰堂」の写真を撮りまくりました。

平等院


平等院


おもわず「ビューティフル!」と声が出てしまう程の美しさです。

僕も138件ほどの国宝建造物を見てきましたが、建物の美しさだけで言うならナンバーワンです。

というか他にこのような形状の建物を見たことがありません。

まさに「鳳凰」が羽ばたかんととしているような形です。

色合いや庭園と「鳳凰堂」のバランスも最高です。

僕みたいな写真べたが撮ってもある程度きれいに写るから不思議です。

それだけ被写体が巣晴らしすぎるんでしょうね。

とりあえず拝観時間までの間いろんな角度から写真とビデオを取り捲りました。

多分今までで一番枚数も撮ったと思います。

あれやこれやしているうちに拝観時間がやってきました。

「鳳凰堂」の池にかかる橋の前に並びました。

平等院


この時雨が降り出してきました。

傘を持ってこなかった僕ですが堂内を見るという気合が入っていますんで雨なんか気にもなりませんでした。

そして9時30分拝観開始です。

しかしこの続きは次回にしたいと思います。

話を2回に分けるときは僕も相当気合が入っている時です。

次回は堂内の様子を書きたいと思います。

それではまた!

平等院その二へ 平等院その三へ

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「平等院」公式ホームページへ

拝観料 大人600円、中・高校生400円、小人300円
      鳳凰堂内拝観料(志納) 300円

駐車場 近くに民間駐車場があります。 700円くらい

時間 8:30~17:30、鳳翔館9:00~17:00、鳳凰堂9:30~16:10(20分ごと、50人定員、当日申し込み)


大きな地図で見る






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2010.4.24 京都府の国宝建造物と彫刻探索の旅 
平等院その一 平等院その二 平等院その三 宇治上神社

2008.3.22の平等院探索記その一へ その二へ

★世界遺産と国宝探索記目次へ>>>



追記です。

2012.4.7の「平等院」の様子です。

広角レンズのデジカメで撮りました。

今まで撮れなかった「鳳凰堂」全体が撮れました。

平等院

平等院

平等院

平等院

平等院



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