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當麻寺(たいまでら)の国宝と地図 2010.4.29 その二

まずは「當麻寺」の動画をご覧ください!




2010.4.29 奈良県葛城市の「當麻寺」を訪れてみました。

前回に続いてその時の様子をご紹介したいと思います。

前回「當麻寺」その一はこちらへ
当麻寺
「當麻寺境内図」
パンフレットより


「金堂」と「講堂」そして国宝「当麻寺東塔」と「当麻寺西塔」を探索した僕は「金堂」と「講堂」の西側に位置する国宝「本堂」(曼荼羅堂)へと足を進めました。

当麻寺
国宝「当麻寺本堂」(曼荼羅堂)

国宝「当麻寺本堂」(曼荼羅堂)(たいまでらほんどう)(まんだらどう)
永暦2(1161)
桁行七間、梁間六間、一重、寄棟造、本瓦葺、閼伽棚を含む
金堂・講堂の西側に、東を正面として建っています。寄棟造、本瓦葺。棟木の墨書銘から平安時代末期、永暦2年(1161年)の建築であることがわかるが、解体修理寺の調査の結果から、平安時代初期(9世紀頃)に建てられた前身堂を改築したものであり、さらにさかのぼる奈良時代の建物の部材も一部転用されていることがわかっているそうです。内部には当麻曼荼羅を懸けるための扁平で巨大な厨子を安置しています。

早速「本堂」の中へ。

内陣に入ると巨大な厨子の中に「当麻曼荼羅」が飾られていました。
国宝「当麻曼荼羅厨子」(たいままんだらずし)
本堂(曼荼羅堂)内陣に安置される高さ約5メートルの巨大な厨子で、当麻曼荼羅を懸けるためのものです。平面は奥行が浅い扁平六角形で、屋根、柱等に残る金銀泥絵や金平文(きんひょうもん)の装飾は正倉院宝物などに見られる古式の技法で、本厨子の制作が奈良時代末期-平安時代初期にまでさかのぼることを示します。厨子正面の扉(左右各3枚ずつの折戸)は、仁治3年(1242年)に厨子の大修理を行った際に新調したもので、黒漆地に金蒔絵で蓮池を表わし、下部には2,000名を超える結縁者の氏名がやはり蒔絵で表わされている。なお、この扉は取り外されて奈良国立博物館に寄託されています。

当麻寺
国宝「綴織当麻曼荼羅図」(たいままんだらず)
パンフレットより

現在厨子に懸っている「當麻曼荼羅」は室町時代永正2年(1505年)に供養された「文亀曼荼羅」です。


ここで当麻曼荼羅と中将姫伝説について
ウィキペディア(Wikipedia)より
当麻氏の氏寺として始まった當麻寺は、中世以降は中将姫伝説と当麻曼荼羅の寺として知られるようになります。「当麻曼荼羅」は、学術的には「阿弥陀浄土変相図」と称するもので(「変相」とは浄土のありさまを絵画や彫刻として視覚化したもの)、阿弥陀如来の住する西方極楽浄土のありさまを描いたものであり、唐の高僧・善導による「観無量寿経」の解釈書「観経四帖疏」に基づいて作画されたものとされています。

当麻曼荼羅の原本については、中将姫という女性が蓮の糸を用い、一夜で織り上げたという伝説があります。中将姫については、藤原豊成の娘とされていますが、モデルとなった女性の存在は複数想定されています。

當麻寺本堂(曼荼羅堂)に現存する、曼荼羅を掛けるための厨子は奈良時代末期から平安時代初期の制作で、当麻曼荼羅の原本は遅くともこの時代には當麻寺に安置されていたとみられます。しかしながら、曼荼羅の伝来や由緒にかかわる資料は平安時代の記録には見当たらず、曼荼羅の「縁起」が形づくられていくのは鎌倉時代に入ってからです。先述の「建久御巡礼記」によれば、当麻曼荼羅はヨコハギ(横佩)大納言という人物の娘の願により化人(けにん、観音菩薩の化身か)が一夜で織り上げたものであり、それは天平宝字7年(763年)のことであったといいます。12世紀末のこの時点では「中将姫」という名はまだ登場していません。13世紀半ばの「古今著聞集」(ここんちょもんじゅう)ではヨコハギ大納言の名は藤原豊成とされており、以降、父の名は右大臣藤原豊成、娘の名は中将姫として定着していきます。中将姫の伝承は中世から近世にかけてさまざまに脚色されて、能、浄瑠璃、歌舞伎などにも取り上げられるようになり、しだいに「継子いじめ」の話に変質していく。話の筋は要約すると次のようなものです。

今は昔、藤原鎌足の子孫である藤原豊成には美しい姫があった。後に中将姫と呼ばれるようになる、この美しく聡明な姫は、幼い時に実の母を亡くし、意地悪な継母に育てられた。中将姫はこの継母から執拗ないじめを受け、ついには無実の罪で殺されかける。ところが、姫の殺害を命じられていた藤原豊成家の従者は、極楽往生を願い一心に読経する姫の姿を見て、どうしても刀を振り下ろすことができず、姫を「ひばり山」というところに置き去りにしてきた。その後、改心した父・豊成と再会した中将姫はいったんは都に戻るものの、やがて當麻寺で出家し、ひたすら極楽往生を願うのであった。姫が五色の蓮糸を用い、一夜にして織り上げたのが、名高い「当麻曼荼羅」である。姫が蓮の茎から取った糸を井戸に浸すと、たちまち五色に染め上がった。當麻寺の近くの石光寺に残る「染の井」がその井戸である。姫が29歳の時、生身の阿弥陀仏と二十五菩薩が現れ、姫は西方極楽浄土へと旅立ったのであった。

この話はよほど人気があったようで、世阿弥や近松門左衛門らによって脚色され、謡曲、浄瑠璃、歌舞伎の題材ともなりました。

当麻曼荼羅の原本(「根本曼荼羅」)は、損傷甚大ながら現在も當麻寺に秘蔵されています。縦横とも4メートル近い大作で、絵画ではなく織物である。ただし、伝説に言うような蓮糸の織物ではなく、絹糸の綴織(つづれおり)であることが研究の結果判明しています。制作は奈良時代とも中国・唐時代とも言われますが、中国製とする見方が有力です。曼荼羅は元は厨子内に掛けてあったと思われますが、傷みの激しくなった中世に板貼りに改装され、江戸時代には板から剥がされて再度掛軸に改装されています。京都・大雲院の僧・性愚(しょうぐ)という人物が、江戸時代の延宝5 年(1677年)に行われた曼荼羅修理の状況を記録に残している。それによると、曼荼羅を板から剥がすために表面に和紙を貼り、水を注いだところ、大きな音とともに剥がれ落ちました。別に用意していた絹地の上に剥離した織物の残片を貼り付け、織物が劣化して図柄の消えている部分は絵の具で補いました。これが現存の国宝曼荼羅で、全体に劣化、損傷、退色が著しく、オリジナルの綴織の残存している部分は図柄全体の3分の1程度と言われています。特に図の下部は全く失われて絵画で補われていますが、阿弥陀三尊の右脇侍(向かって左)の部分などにはオリジナルの織物が比較的良好に残っています。なお、板貼りの曼荼羅を剥がした後、板の表面に剥がれた曼荼羅の跡が残ったのを「裏板曼荼羅」と称し、曼荼羅厨子の背面に安置されました。

当麻曼荼羅の原本は、制作から4世紀以上経った鎌倉時代にはかなり傷んでいたようで、建保3 年(1215年)には第1回の転写本である「建保曼荼羅」が制作されました。この第1回転写本は京都の蓮華王院(三十三間堂)に収められ、後に當麻寺に戻ったといいますが、現存していません。2回目の転写本は、文亀2 年(1502年)に図柄が完成し、永正2 年(1505年)に供養された「文亀曼荼羅」、3回目の転写本は、貞享2年(1685年)完成の「貞享曼荼羅」で、いずれも織物ではなく絵画です。現在、當麻寺本堂(曼荼羅堂)の厨子に掛けられているのは文亀曼荼羅(重要文化財)です。



最近の僕は素直に物事を受け止めます。

ですから、この巨大な「當麻曼荼羅」を「中将姫」が一夜にして編み上げたというのも素直に信じます。

伝説の人物は常人には考えられない事をやってのけるのです。

しかし写しとはいえ本当に素晴らしい「當麻曼荼羅」でした。

この巨大な厨子が乗っている須弥壇も国宝に指定されているそうで、鎌倉時代に源頼朝が寄贈したものだそうです。

しかし非公開の原本である「根本曼荼羅」を一度見てみたいものです。

一通り「本堂」を見終わると今度は「奥院」へ行ってみました。

2008.3.2に来た時には行かなかった「奥院」です。

「奥院」は「本堂」の西側の小高い所にあります。

「奥院」にもたくさんの建物がありました。

当麻寺
「奥院本堂」

「本堂」をはじめ「阿弥陀堂」「庫裏」「大方丈」「宝物館」などがありました。

しかしなんといっても牡丹の花と「浄土庭園」が素晴らしかったです。
当麻寺


当麻寺
「奥院」の「浄土庭園」

阿弥陀如来を中心に数多くの石仏が並び、阿弥陀仏の姿を映す極楽の池のこと「宝池」あり二上山を背景に當麻の自然を存分に取り入れた浄土庭園です。

さらに「奥院」から見た「東塔」と「西塔」は最高でした。

当麻寺
国宝「西塔」写真右と国宝「東塔」写真左


「奥院」を見終わった僕は最後に「中之坊」にも立ち寄ってみました。

「中之坊」は「仁王門」を入って少し行った所の左側にあります。

「中将姫」はここ「中之坊」にて出家されました。

当麻寺
「本堂」(中将姫剃髪堂)

本尊は「中将姫」を手引きした「導き観音」(十一面観音)です。

「本堂」の裏手には「髪塚」など「中将姫」にまつわるいろいろなものがあります。
当麻寺
「髪塚」


さらに「書院」の庭園や「茶室」も綺麗です。
当麻寺
「書院御幸の間」

当麻寺
「香ぐう園」

大和三名園に数えられる庭園です。

当麻寺
茶室「九窓席」


しかしなんといっても「牡丹」が咲き乱れるお庭が最高に綺麗でした。

当麻寺


当麻寺


「中之坊」を一周して最後に「霊宝館」によってみました。

そこには「當麻曼荼羅」の鎌倉時代の模写本や「中将姫」が剃髪した日本最古の剃刀もありました。

大満足で「中之坊」を後にした僕でした。

まだまだ見逃したものやお伝えできなかったものもたくさんあると思います。

建造物や仏像もさることながら「當麻曼荼羅」や庭園にお花など本当に盛りだくさんの「當麻寺」でした。

しかも今回は前回と違いゆっくりと見て回ることも出来ました。

「當麻寺」はやはりこの時期が最高にいいみたいですよ。

奈良に来られたらぜひこの「當麻寺」にも足をのばしてみてください。

この後「明日香」の方にも足を伸ばしてみました。

「石舞台古墳」や「飛鳥寺」「橘寺」などいろいろ行ってきました。

奈良市内や斑鳩もいいですけど、このあたりも大変見所も多くいい所です。

次回はどこへ行こうかこれからまた考えます。

それではまた!

當麻寺その一へ

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「当麻寺」公式ホームページへ

拝観料 大人500円/小学生250円 (5/13,14,15は600円/300円)

駐車場あります。1日500円







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2010.4.29 奈良県の国宝建造物と彫刻探索の旅 
當麻寺その一 當麻寺その二

2008.3.2の當麻寺探索記へ

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