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金峯山寺(きんぷせんじ) 金剛蔵王権現像 百日特別ご開帳 と地図

まずは金峯山寺の様子を動画でご覧ください。




2010.10.16 吉野の「金峯山寺」に行ってきました。

本当は行くつもりではなかったんですが、ラッキーでした。

というのもこの日は最近「道の駅」にはまりはじめてきた奥さんと奈良県の吉野にある「吉野大淀iセンター」という「道の駅」に行く予定でした。

車で出かけました。

そして「道の駅」でいろいろ買い物しました。

野菜などが大変安く買えるということで奥さんがガイドブックまで買っていろいろ研究しています。

僕も家を出るときから実は「すぐ近くに金峯山寺があるな」ということはわかってました。

一応?デジカメも持って行ってました。

買い物も一段落した頃奥さんに「近くに金峯山寺っていう世界遺産のお寺があるんやけど行く?」と聞いてみました。

というのもうちの奥さんはお寺や神社にはまったく興味がありません。

しかしこの日は買い物もできて機嫌もよかったようで快くOKしてくれました。

ということで急いで吉野の山を車で登りました。

2008.3.16以来の吉野です。

駐車場に車を止めていざ探索開始です。

春の千本桜で有名な「吉野山」です。

駐車場から「金峯山寺」までは徒歩で15分ぐらいです。

途中の綺麗な風景を楽しみながら奥さんと歩いて行きました。

金峯山寺


金峯山寺


金峯山寺
「黒門」

ケーブル吉野山駅から徒歩数分のところに建つ黒塗りの高麗門で、金峯山寺の総門です。現存する門は1985年の再興。

金峯山寺
「銅鳥居」

銅鳥居と書いて「かねのとりい」と読みます。聖地への入口、俗界と聖地の境界を象徴する建造物です。吉野から大峯山(山上ヶ岳)までの修行道には発心門、修行門、等覚門、妙覚門という、悟りへの4つの段階を象徴した門が設定されていますが、そのうちの「発心門」にあたるのがこの鳥居です。鳥居の柱が蓮台の上に立っているのは、神仏習合の名残りです。東大寺大仏を鋳造した際の余りの銅で造ったという伝承がありますが、現存するものは室町時代の再興です。

金峯山寺

金峯山寺


だんだん「金峯山寺」が近づいてきます。

そしてようやく大きな門が姿を現しました。

金峯山寺


国宝「金峯山寺仁王門」です。

金峯山寺
国宝「金峯山寺仁王門」

国宝「金峯山寺仁王門」(きんぷせんじにおうもん)
康正2(1456)
三間一戸二重門、入母屋造、本瓦葺
堂(蔵王堂)の北側に位置する入母屋造、本瓦葺きの二重門(二重門とは2階建て門で、1階と2階の境目にも屋根の出をつくるものを指す)。軒先に吊るしていた風鐸(ふうたく)の銘から室町時代の康正2年(1456 年)の再興とわかります。本堂が南を正面とするのに対し、仁王門は北を正面とし、互いに背を向けるように建っています。これは、熊野から吉野へ(南から北へ)向かう巡礼者と吉野から熊野へ(北から南へ)向かう巡礼者の双方に配慮したためといいます。

金峯山寺 金峯山寺


お約束?の「仁王様」です。

門も立派ですので「仁王様」も大きなすばらしい像ですよ。

さていよいよ金峯山寺です。


金峯山寺について
ウィキペディアより
金峯山寺(きんぷせんじ)は、奈良県吉野郡吉野町にある天台宗単立のお寺で、修験道の本山です。本尊は蔵王権現、開基は役小角(えんのおづぬ)と伝えます。

金峯山寺の所在する吉野山は、古来桜の名所として知られ、南北朝時代には南朝の中心地でもありました。「金峯山」とは、単独の峰の呼称ではなく、吉野山(奈良県吉野郡吉野町)と、その南方二十数キロの大峯山系に位置する山上ヶ岳(奈良県吉野郡天川村)を含む山岳霊場を包括した名称でした。

吉野・大峯は古代から山岳信仰の聖地であり、平安時代以降は霊場として多くの参詣人を集めてきました。吉野・大峯の霊場は、和歌山県の高野山と熊野三山、及びこれら霊場同士を結ぶ巡礼路とともに世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成要素となっています。

奈良県南部の吉野山に位置する金峯山寺は、7世紀に活動した伝説的な山林修行者・役小角(えんのおづぬ)が開創したと伝え、蔵王権現を本尊とする寺院である。金峯山寺のある吉野山には吉水神社、如意輪寺、竹林院、桜本坊(さくらもとぼう)、喜蔵院、吉野水分(みくまり)神社、金峯神社など、他にも多くの社寺が存在する。

「吉野山」とは、1つの峰を指す名称ではなく、これらの社寺が点在する山地の広域地名である。また、吉野山の二十数キロ南方、吉野郡天川村の山上ヶ岳(1,719メートル)の山頂近くには大峯山寺(おおみねさんじ)がある。吉野山の金峯山寺と山上ヶ岳の大峯山寺とは、近代以降は分離して別個の寺院になっているが、近世までは前者を「山下(さんげ)の蔵王堂」、後者を山上の蔵王堂と呼び、両者は不可分のものであった。「金峯山寺」とは本来、山上山下の2つの蔵王堂と関連の子院などを含めた総称であった。

役行者と蔵王権現

国土の7割を山地が占める日本においては、山は古くから聖なる場所とされていました。中でも奈良県南部の吉野・大峯や和歌山県の熊野三山は、古くから山岳信仰の霊地とされ、山伏、修験者などと呼ばれる山林修行者が活動していました。こうした日本古来の山岳信仰が神道、仏教、道教などと習合し、日本独自の宗教として発達をとげたのが修験道であり、その開祖とされているのが役小角です。

役行者(えんのぎょうじゃ)の呼び名で広く知られる役小角は、7世紀前半に今の奈良県御所市に生まれ、大和国と河内国の境にある葛城山で修行し、さまざまな験力(超人的能力)をもっていたとされる伝説的人物です。奈良県西部から大阪府にかけての地域には金峯山寺以外にも役行者開創を伝える寺院が数多く存在します。「続日本紀」の文武天皇3年(699年)の条には、役小角が伊豆へ流罪になったという記述があります。このことから役小角が実在の人物であったことはわかりますが、正史に残る役小角の事績としては「続日本紀」のこの記事が唯一のものであり、彼の超人的イメージは修験道や山岳信仰の発達とともに後世の人々によって形成されていったものです。

金峯山寺は役行者が創立した修験道の根本寺院とされていますが、前述のように役行者自体が半ば伝説化された人物であるため、金峯山寺草創の正確な事情、時期、創立当初どのような寺院であったかなどについては不詳と言わざるをえません。

金峯山寺および大峯山寺の本尊であり、中心的な信仰対象となっているのは、蔵王権現という、仏教の仏とも神道の神ともつかない、独特の尊格です。金峯山寺の本尊は3体の蔵王権現で、その像容は、火焔を背負い、頭髪は逆立ち、目を吊り上げ、口を大きく開いて忿怒の相を表わし、片足を高く上げて虚空を踏むものです。インドや中国起源ではない、日本独自の尊像であり、密教彫像などの影響を受けて、日本で独自に創造されたものと考えられます。修験道の伝承では、蔵王権現は役行者が金峯山での修行の際に感得した(祈りによって出現させた)ものとされています。

平安時代

金峯山寺の中興の祖とされるのは、平安時代前期の真言宗の僧で、京都の醍醐寺を開いたことでも知られる聖宝(しょうぼう)です。「聖宝僧正伝」によれば、聖宝は寛平6年(894年)、荒廃していた金峯山を再興し、参詣路を整備し、堂を建立して如意輪観音、多聞天、金剛蔵王菩薩を安置したといいます。「金剛蔵王菩薩」は両部曼荼羅のうちの胎蔵生曼荼羅に見える密教尊です。この頃から金峯山は山岳信仰に密教、末法思想、浄土信仰などが融合して信仰を集め、皇族、貴族などの参詣が相次いぎました。金峯山に参詣した著名人には、宇多法皇(昌泰3年・900年)、藤原道長(寛弘4年・1007年)、藤原師通(寛治2年・1088年)白河上皇(寛治6年・1092年)などがいます。

このうち、藤原道長は山上の蔵王堂付近に金峯山経塚を造営しており、日本最古の経塚として知られています。埋納された経筒は江戸時代に発掘され現存しています(奈良県吉野町金峯神社蔵、国宝)。金峯山は未来仏である弥勒仏の浄土と見なされ、金峯山(山上ヶ岳)の頂上付近には多くの経塚が造営されました。

中世~近世

修験道は中世末期以降、「本山派」と「当山派」の2つに大きく分かれました。本山派は天台宗系で、園城寺(三井寺)の円珍を開祖とします。この派は主に熊野で活動し、総本山は天台宗寺門派(園城寺傘下)の聖護院(京都市左京区)です。一方の当山派は真言宗系で、聖宝を開祖とします。吉野を主な活動地とし、総本山は醍醐寺三宝院(京都市伏見区)でした。金峯山寺は中興の祖である聖宝との関係で、当山派とのつながりが強かった。中世の金峯山寺は山上・山下に多くの子院をもち、多くの僧兵(吉野大衆と呼ばれた)を抱え、その勢力は南都北嶺(興福寺と延暦寺の僧兵を指す)にも劣らないといわれまいた。南北朝時代、後醍醐天皇が吉野に移り、南朝を興したのにも、こうした軍事的背景がありました。

近世に入って慶長19年(1614年)、徳川家康の命により、天台宗の僧である天海(江戸・寛永寺などの開山)が金峯山寺の学頭になり、金峯山は天台宗(日光輪王寺)の傘下に置かれることとなりました。

近代

近代に入って修験道の信仰は大きな打撃をこうむることとなりました。1868年(明治元年)発布された神仏分離令によって、長年吉野山で行われてきた神仏習合の信仰は禁止され、寺院は廃寺になるか、神社に名を変えて生き延びるほかありませんでした。1872年(明治5年)には追い討ちをかけるように修験道廃止令が発布され、1874年(明治7年)には中心寺院の金峯山寺も廃寺に追い込まれました。その後の政府の施策の変化や、修験道側からの嘆願により、1886年(明治19年)には「天台宗修験派」として修験道の再興が許され、金峯山寺は寺院として存続できることになりました。ただし、山上の蔵王堂は「大峯山寺」として、金峯山寺とは分離され、21世紀現在に至っています。

第二次大戦後の1948年(昭和23年)、天台宗から独立して大峯修験宗が成立し、1952年(昭和27年)には金峯山修験本宗と改称、金峯山寺が同宗総本山となっています。



ここで僕の大好きな国宝のご紹介
建造物
*本堂(蔵王堂)
*仁王門

その他
*大和国金峯山経塚出土品
以上



ということで早速「金峯山寺」境内へ。

この日なんとかして「金峯山寺」に来たかった理由は、現在行われている「金剛蔵王権現像 百日特別ご開帳」をどうしても見たかったからです。

前回来た時、というか日ごろはご本尊の前には大きな幕がかかっていてその姿を見ることはできません。

しかし平成22年9月1日~12月9日までの百日間に限りご開帳されています。

このご本尊はしかも「日本最大の秘仏」とされています。

本当に今年の奈良は熱いです。

いろんな所でこのような特別な催しが行われています。

早く見たくて「仁王門」から「蔵王堂」へと急ぎます。

2年ぶりの「蔵王堂」とのご対面です。

金峯山寺

金峯山寺

金峯山寺

金峯山寺
国宝「金峯山寺本堂」(蔵王堂)

国宝「金峯山寺本堂」(蔵王堂)(きんぷせんじほんどう)
天正19(1591)
桁行五間、梁間六間、一重もこし付、入母屋造、檜皮葺
山上ヶ岳の大峯山寺本堂(「山上の蔵王堂」)に対し、山下(さんげ)の蔵王堂と呼ばれているそうです。屋根は入母屋造檜皮葺き。2階建てのように見えますが構造的には「一重裳階(もこし)付き」であるそうです。豊臣家の寄進で再興されたもので、扉金具の銘から天正19年(1592年)の建立とわかるそうです。高さ34メートル、奥行、幅ともに36メートル。木造の古建築としては東大寺大仏殿に次ぐ規模をもつといわれる豪壮な建築だそうです。内部の柱には、原木の曲がりを残した自然木に近い柱が使われていることが特色で、ツツジ、チャンチン、梨などと称される柱が用いられているそうです。内陣には巨大な厨子があり、本尊として3体の巨大な蔵王権現像(秘仏)を安置しています。

「やっぱりでかかった」

前回ははじめて見たから大きく感じたのかなあと思ったんですが、2度目もやはりでかかったです。

さすがです。数多くの国宝建造物を見てきた僕ですが、迫力という点では間違いなく3本の指に入ると思います。

そんな「蔵王堂」のご本尊と対面するべく中へ。

いまなら「護摩木Deストラップ」といって願いを書く「護摩木」とそれを割るとストラップになるというおもしろいものと金峯山寺の特製バッグがもらえて拝観料1000円です。

「護摩木」に家族の健康を祈願して本堂内陣へ。

本堂ではお坊さんがお説教をされていました。

お坊さんいわく「我々がこの権現さんを見るのではなく、権現さんに我々の今を見てもらうための今回の特別開帳です」ということです。

「今の時代は役行者がこの権現さんをお呼びになった頃と同じように人々の心が汚れ、殺戮を繰り返す寂しい時代です。だからこそ今権現さんにこの時代を見てもらって少しでも人々の心が優しくなれますように」ということでの今回のご開帳だそうです。

確かに簡単に人が人を殺す時代になってしまいました。寂しいことです。

一通りお坊さんの説教を聞いた後、いよいよ間近でご本尊「蔵王権現立像」を見ました。

金峯山寺
「蔵王権現立像 3躯」のうち中尊「釈迦如来」
パンフレットより

本堂内陣の巨大な厨子に安置される秘仏。本堂が再興された天正19年(1592年)頃の制作と思われます。3躯のうち中尊は像高728センチ、両脇の像も6メートル近い巨像です。寺伝では中央の像が釈迦如来、向かって右の像が千手観音、左の像が弥勒菩薩を本地とし、それぞれ過去・現世・来世を象徴するという(「本地」は本来の姿である仏、「権現」は仏が姿を変えて現れたものの意)。通常は秘仏で拝観できず、開帳日も定められていません。近年では、吉野・大峯の世界遺産登録を記念して、2004年7月から翌年6月まで開帳されたほか、2007年10月4日~8日にも開帳されました。また現在、平城遷都1300年祭を記念して2010年9月1日から12月9日まで開帳されています。

本当にこのご本尊の顔を見て思いました。

「怒っておられます」

少しでも世界が平和になりますようにとおねがいした僕でした。

そしてこれだけの大きな像を3体安置するにはこれぐらい大きなお堂もいりますね。

本当に見に来て良かったです。

しかもこんなにすごいご本尊だったとは驚きでした。

次いつ開帳されるかわからないですしね。

皆さんも今のうちですよ!

さて「金峯山寺」には他にもいろいろ見所があります。

金峯山寺
「四本桜」

本堂前の広場に石柵で囲まれた一廓があり、4本の桜が植わっています。ここは、元弘3年(1333年)、北条軍に攻められた大塔宮護良親王が落城前に最後の酒宴を催した故地とされています。石柵内に立つ銅燈籠は文明3年(1471年)の作で、重要文化財に指定されています。

金峯山寺
「愛染堂」


金峯山寺
「観音堂」


金峯山寺


金峯山寺


金峯山寺


金峯山寺


金峯山寺


金峯山寺
「南朝妙法殿」


金峯山寺
仏舎利宝殿」


以上が「金峯山寺」の探索記です。

前回も思ったんですが「ようこんな山奥にこんなごっついもん作ったな」と本当に感心します。

昔の人のすごさを改めて実感しました。

そして何よりも「蔵王権現」に会えたことがよかったです。

次の開帳の時も出来れば来てみたいです。

奥さんも多分満足してくれていると思います。

素晴らしいものは万国共通だと信じる僕でした。

それにしても今年の奈良は熱いですね。

今しか見られないお宝がいっぱいっていう感じですね。

これからもいそがしくなりそうです。

それではまた!

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「金峯山寺」公式ホームページへ

拝観料 400円

駐車場 徒歩約10分の所に無料駐車場あります

時間 境内自由(蔵王堂拝観は8:30~16:30)







じゃらんnetで奈良の宿をチェックする

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