スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

大徳寺(だいとくじ) 方丈 唐門(ほうじょう からもん) 特別公開と地図

まずは大徳寺の様子を動画でご覧ください。




2010.10.31以来、かなり久々の更新になってしまいました。

2010.11.23京都に行ってきました。

今回行ったのは「大徳寺」「法金剛院」「仁和寺」「竜安寺」です。

まずは「大徳寺」からご紹介します。

2009.10.4以来2度目になります。

前回の様子はこちらをご覧ください。

今回は自宅から近鉄電車と京都市バスを使っての探索でした。

いつもどおりお得な近鉄と京都地下鉄、京都市バス、京都バスが乗り放題のフリーチケットを買って万全の体制で京都へ。

と思いきやなんと今回もきっちりポカをやってしまいました。

デジカメのバッテリーを入れてくるのを忘れてしまったんです。

しかもメモリーカードまできっちり忘れてました。

最悪ですわ。

ビデオカメラはなんとか撮れましたけど、写真は携帯のカメラでしか撮れませんでした。

本当は「天竜寺」や「金閣寺」も行こうと思ってたんですが、やめました。

かなり低めのテンションで「大徳寺」に到着しました。

しかし今日は待ちに待った日だったのです。

ここ「大徳寺」の国宝「大徳寺唐門」「大徳寺方丈及び玄関」特別名勝「大徳寺方丈庭園」が特別公開されるのです。

去年見れなかったし、かなり前から待ちに待ってのこの日だっただけにデジカメ無しは結構きついです。

心に焼き付けて帰るしかありません。

ですから今回は写真は少なめになります。

「総門」をくぐり境内へと入ります。

まず右側に「勅使門」があります。

大徳寺
「勅使門」


やっぱり境内に入るとテンションは徐々に上がってくるもんですね。

ここ「大徳寺」は本当に大きいお寺です。

大徳寺




大徳寺について
ウィキペディアより
大徳寺(だいとくじ)は、京都府京都市北区紫野大徳寺町にあるお寺で、臨済宗大徳寺派大本山です。山号を龍寶山(りゅうほうざん)。本尊は釈迦如来、開基は大燈国師宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)で、正中2年(1325年)に正式に創立されています。

京都でも有数の規模を有する禅宗寺院で、境内には仏殿、法堂(はっとう)をはじめとする中心伽藍のほか、20か寺を超える塔頭(たっちゅう、本山寺院の境内周辺にある関連寺院)が立ち並び、近世の雰囲気を残しています。大徳寺は歴代多くの名僧を輩出し、茶の湯文化とも縁が深く、日本の文化に多大な影響を与え続けてきた寺院です。本坊および塔頭寺院には、建造物、庭園、障壁画、茶道具、中国伝来の書画など、多くの文化財を伝えています。

大徳寺の開祖である禅僧・宗峰妙超は、弘安5年(1282年)、播磨国(兵庫県)に、同国守護・赤松氏の家臣・浦上(うらのえ)氏の子として生まれました。11歳の時、地元の大寺院である書写山円教寺に入り、天台宗を学ぶが、のち禅宗にめざめ、鎌倉の高峰顕日(こうほうけんにち)、京の南浦紹明(なんぽじょうみん)に参禅。南浦紹明が鎌倉の建長寺に移るにしたがって宗峰も鎌倉入りし、徳治2年(1307年)に師から印可を得ました。

その後数年、京都東山で修行を続けていた宗峰妙超は、正和4年(1315年)(元応元年・1319年とも)、同郷の赤松則村(円心)の帰依を受け、洛北紫野の地に小堂を建立しました。これが大徳寺の起源とされます。花園上皇は宗峰に帰依し、正中2年(1325年)、大徳寺を祈願所とする院宣を発しています。寺院としての形態が整うのはこの頃からと思われます。

後醍醐天皇も当寺を保護し、建武元年(1334年)には大徳寺を京都五山のさらに上位に位置づけるとする綸旨を発しました。

しかし、建武の新政が終わって足利氏が天下を取ると、後醍醐天皇と関係の深い大徳寺は足利氏から軽んぜられ、五山十刹から除かれてしまいました。至徳3 年(1386年)には、五山十刹の最下位に近い、十刹の第9位とされています。このため大徳寺は、政府の庇護と統制下にあり世俗化しつつあった五山十刹から離脱し、座禅修行に専心する独自の道をとった。五山十刹の寺院を「叢林」(そうりん)と称するのに対し、同じ臨済宗寺院でも、大徳寺、妙心寺のような在野的立場にある寺院を「林下」(りんか)といいます。

その後の大徳寺は、貴族、大名、商人、文化人など、幅広い層の保護や支持を受けて栄え、室町時代以降は一休宗純をはじめとする名僧を輩出しました。侘び茶を創始した村田珠光などの東山文化を担う人びとが一休に参禅して以来、大徳寺は茶の湯の世界とも縁が深く、武野紹鴎、千利休をはじめ多くの茶人が大徳寺と関係をもっています。

享徳2年(1453年)の火災と応仁の乱(1467年 - 77年)で当初の伽藍を焼失しましたが、一休宗純が堺の豪商らの協力をえて復興。近世以降も豊臣秀吉や諸大名の帰依を受けました。

江戸時代初期に幕府の統制を受け、元住持である名僧、沢庵宗彭が紫衣事件と呼ばれる流罪の圧迫を受けましたが、幕府との関係ものちに回復しました。寺運は栄え今日に至っています。



ここで僕の大好きな国宝のご紹介。

建造物
*唐門
*方丈及び玄関
*大仙院本堂
*竜光院書院

その他
*絹本墨画淡彩観音猿鶴図
*絹本著色大燈国師像
*虚堂智愚墨蹟
*後醍醐天皇宸翰御置文 元弘三年八月廿四日

以上



「勅使門」から一直線に「山門」「仏殿」「法堂」が並ぶ姿は爽快です。

大徳寺
「山門」

二層の山門。連歌師・宗長の寄進で享禄2年(1529年)にまず下層のみが竣工し、天正17年(1589年)、千利休が上層を完成させて金毛閣と名づけられました。利休は上層に自身の木像を安置しました(つまり、門をくぐる者は利休の下を通ることになる)が、これが豊臣秀吉の怒りを買い、秀吉はこのことを楯に利休に自決を迫ったといいます。

大徳寺
「仏殿」

寛文5年(1665年)、京の豪商・那波常有(なわじょうゆう)の寄進で建てられた。

大徳寺
「法堂」

寛永13年(1636年)、小田原城主稲葉正勝の遺志により、子の正則が建立した。天井に描かれている「雲龍図」は狩野探幽35歳の作。

そしてこの奥に今回の最高のお目当てがあるのです。

普段は公開されていません。

11月23日~12月5日までの特別公開です。

大徳寺


拝観料を払いいよいよ本坊の中へ。

大徳寺
国宝「大徳寺唐門」
パンフレットより

国宝「大徳寺唐門」(だいとくじからもん)
1573-1614
四脚門、切妻造、前後軒唐破風付、檜皮葺
近世初頭の四脚門。切妻造、檜皮葺。前後軒唐破風付。本願寺、豊国神社の唐門とともに「桃山の三唐門」と呼ばれます。仏殿・法堂などの中心伽藍の北に位置し、方丈南の土塀に接続しています。本来は大徳寺唐門の位置には明智門が存在し、唐門は三門西側から大慈院に通じる通りに建っていました。唐門は聚楽第から大慈院に移築されたと伝えますが、1886年(明治19年)に明智門を南禅寺金地院に売却したことに伴い大徳寺方丈前に移築されました。この門の特徴は各所にみられる自由闊達な彫刻で、随所に龍や鯉などの彫刻が施され、一部では組物の代わりにこうした彫刻が用いられています。

大徳寺

国宝「大徳寺方丈及び玄関」
パンフレットより

国宝「大徳寺方丈及び玄関」(だいとくじほうじょうおよびげんかん)
寛永12(1635)
桁行29.8m、梁間17.0m、一重、入母屋造、桟瓦葺、背面雲門庵附属
江戸初期の建築で、禅宗様建築である法堂や仏殿と異なる日本様式の建物です。方丈は正面29.8メートル、側面17.0メートル、入母屋造で桟瓦葺(本来は檜皮葺)、玄関は桁行6間、梁間1間、一重、唐破風造で桟瓦葺。中心伽藍の北側に位置し、土塀に囲まれた一角にあたる。方丈は寛永12年(1635年)、玄関はその翌年、豪商・後藤益勝の寄進で建てられたもので開祖大燈国師(宗峰妙超)300年遠忌を記念して新築されたものです。玄関は翌寛永13年に完成しています。「方丈」は元来は住職の居室を指しましたが、後に住持の居間は別所に移転され、朝廷の勅使や幕府役人の接待・宗教行事などに用いられる空間となりました。通常の方丈建築は、前後2列、左右3列の計6室を並べる平面形式が多いが、大徳寺方丈は前後2列、左右4列の計8室をもつ特異な形式で、向かって右から2列目の前後2室は、開祖大燈国師(宗峰妙超)の塔所(墓所)である雲門庵となっています。雲門庵の一部は方丈北面の広縁を越えて北側に突出しています。宗峰は、「自分の死後に、墓所として別の寺院を建てるには及ばぬ」と遺言していたため、このような形式になっています。方丈の障壁画は狩野探幽の作。枯山水庭園は国の特別名勝および史跡に指定されています。

本坊の中は残念ながら撮影禁止でした。

しかしさすがはと思わせるものでした。

「唐門」はもう少し近くで見てみたかったです。

方丈から庭を挟んだ所にあるんですが、かなり離れているので細かいところまでは見ることはできません。

しかしかなりきらびやかで、「桃山の三唐門」と呼ばれるほかの2つの門「本願寺唐門」「豊国神社唐門」と比べてもそん色ない素晴らしい門でした。

方丈の狩野探幽の作障壁画もとても素晴らしかったですし、未だに理解不能なんですが、特別名勝の枯山水庭園もよかったです。

ガイドさんの説明を聞いてもなお理解不能でしたけど。

一気に2件の国宝建造物と1件の特別名勝をクリアできた瞬間でした。

大満足で本坊を後にした僕は塔頭寺院もまわってみました
ここ「大徳寺」には20以上の塔頭があります。
塔頭(たっちゅう)とは、本来、禅寺で、祖師や大寺・名刹の高僧の死後、その弟子が師の徳を慕って、塔(祖師や高僧の墓塔)の頭(ほとり)、または、その敷地内に建てた小院です。

*徳禅寺 - 明治の初めには無住の寺になっていたので、農業試験場になったり、悪疫が流行したときには、臨時の隔離病棟になったこともあった。
*養徳院
*龍源院(りょうげんいん) - 大徳寺の塔頭の中で一番古く、仏恵大円国師を開祖として能登の畠山義元、周防の大内義興、豊後の大友義親の三氏が創建。龍吟庭、東滴壷、阿吽の石庭などの庭が知られる。方丈前の石庭は昭和末期に細合喝堂和尚の監修の元造られた。
*黄梅院(おうばいいん) - 織田信長が建立。蒲生氏郷の墓がある。
*大慈院
*瑞峯院(ずいほういん) - 大友宗麟が建立。宗教専門紙「中外日報」の創始者真渓涙骨の墓がある。
*興臨院(こうりんいん)
*正受院
*三玄院 - 石田三成、浅野幸長、森忠政が建立。
*真珠庵(しんじゅあん) - 一休宗純ゆかりの寺院で、村田珠光作とされる庭園(史跡・名勝)と、曾我蛇足、長谷川等伯の障壁画で知られる。
*大仙院(だいせんいん) - 国宝の本堂と特別名勝・史跡の枯山水庭園で知られる。
*芳春院(ほうしゅんいん) - 加賀前田家の菩提寺。
*龍泉庵
*如意庵
*聚光院(じゅこういん) - 狩野永徳筆の国宝障壁画で知られる。
*総見院 - 豊臣秀吉が織田信長の菩提のために建立。
*龍翔寺
*高桐院(こうとういん) - 細川氏にゆかりがあり、細川忠興やその室・ガラシャなどの墓がある。その他、出雲阿国のものと伝えられる墓もある。
*玉林院(ぎょくりんいん)
*龍光院(りょうこういん) - 黒田長政の建立。茶室「密庵(みったん)」が著名。有栖川宮の墓所(初代・好仁親王~七代・韶仁親王)がある。
*大光院
*孤篷庵(こほうあん) - 小堀遠州が建立。茶室「忘筌(ぼうせん)」が著名。
*松源院
*天瑞院(廃寺) - 龍翔寺の近くにあり、秀吉生母のお霊屋があった。
*金龍寺(廃寺) - この寺の辺りを天狗谷と呼んでいた。
*大源庵(廃寺) - 維新の時に筑前の軍が硝煙庫として使用していた。

とにかく名だたる戦国武将の名前があちこちでみられるんです。

この時代、「大徳寺」に塔頭を作ることがステイタスだったようです。

前回も行った「大仙院」
大徳寺
国宝「大仙院本堂」

国宝「大仙院本堂」(だいせんいんほんどう)
永正10(1513)
桁行14.8m、梁間10.8m、一重、入母屋造、銅板葺
大仙院は大寺の一塔頭で、本堂は永正十年に建立された方丈である。背面一部に改変のあともありますが、それを除けば、各部の木割細部の手法などに室町時代の特徴がよくみられ、意匠整然として風格もく中世の方丈建築で現存するものが少い今日貴重な遺構ということが出來ます。

ここも撮影禁止でした。残念です。屋根だけしか写せませんでした。

しかし枯山水庭園はじっくり見てみました。

ガイドさんによると、建物の周りの庭を回っていくうちに石の数がだんだん減っていくのはだんだん「悟り」を開いていく様子を表しているということだそうです。

はじめてちょっと納得いく説明を聞いたような気がしました。

とにかく「お庭」は奥が深すぎて僕のような凡人には一生理解できないんじゃないでしょうか?

紅葉といえば「高桐院」ですよね。

大徳寺


大徳寺


「芳春院」のもみじも綺麗でした。

大徳寺


「竜光院」だけは絶対拝観禁止です。

本当に残念です。

国宝「竜光院書院」(りょうこういんしょいん)は見ることすら出来ないのです。

お国の宝なのに見ることが出来ないなんてなんて悲しいことでしょう。

なんで拝観できないんですか?

なにかあったんでしょうか?

しつこく言ったところでどうしようもないんですけど...。

とにかくここ「大徳寺」はガードの固さが半端じゃないですね。

今まで行った寺社仏閣の中でも指折りだと思います。

そのほかの塔頭も見れるところは結構見たつもりですがなにしろ見れないところが多いです。

しかしまあとにかく紅葉が綺麗で一番いいときに来たなという感じでした。

デジカメの件以外は大満足の「大徳寺」でした。

とにかく「大徳寺」の広い境内の中を歩いているだけでもかなり癒されると思います。

なにかほかのお寺には無いものがあるような気がします。

それが「大徳寺」の魅力なんではないかなと思います。

見れないところが多くて謎に包まれているところもその一つなのかもしれません。

以上が「大徳寺」の探索記です。

次の目的地「法金剛院」を目指してバスに乗り込んだ僕でした。

しかしこの続きは次回ということで。

それではまた!

この度「世界遺産と国宝の旅の地図 in関西」はブログランキングに参加しました。
バナーにクリックしていただければ光栄です。
 
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

拝観料 無料(公開塔頭により異なります)

駐車場 駐車場あり(有料)30分100円

時間 9:00~16:30(公開塔頭により異なります)


より大きな地図で 教王護国寺 を表示






じゃらん.netで京都の宿をチェックする


2010.11.23 京都府の国宝建造物と彫刻探索の旅
大徳寺 法金剛院 龍安寺と仁和寺

★世界遺産と国宝探索記目次へ>>>


スポンサーサイト
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

コメント

コメントの投稿

非公開コメント


トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プラダ 財布
世界遺産と国宝の旅の地図 in関西 大徳寺(だいとくじ) 方丈 唐門(ほうじょう からもん) 特別公開と地図
(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
亀吉の探索済みの京都府の世界遺産と国宝スポット
亀吉の探索済みの奈良県の世界遺産と国宝スポット
奈良県には国宝建造物64件国宝彫刻70件があります 
奈良のお寺・神社一覧(178件)

奈良公園周辺

興福寺
2008.2.24
2009.12.26
2010.10.23

東大寺
2008.2.24(1)(2)
2009.12.26
2010.4.11
2010.12.16
2011.3.4
2011.4.9
2011.8.15
2012.1.14

正倉院

春日大社
2008.2.24
2010.12.16
2011.8.15

元興寺
2008.2.24
2012.1.14

平城宮跡
2009.12.26
2010.5.1

春日山原始林

平城京左京三条二坊宮跡庭園

新薬師寺

十輪院
2008.3.8
2012.1.14

奈良国立博物館
2009.12.26
2010.10.23



奈良南西部及び西の京
佐保、佐紀路辺り


薬師寺
2008.2.24
2010.10.23
2011.3.19

唐招提寺
2008.2.24
2009.11.8
2010.6.5(1)(2)

秋篠寺

般若寺

法華寺
2008.3.8
2010.3.22

海龍王寺


旧柳生街道

円成寺


天理市

石上神宮


奈良市西部

長弓寺

霊山寺


斑鳩の里

法隆寺 
2008.3.2(1)(2)(3)(4)
2009.12.12(1)(2)(3)(4)
2010.3.13
2010.3.22
2010.4.11

法起寺

中宮寺


葛城市

当麻寺
2008.3.2
2010.4.29(1)(2)



飛鳥 桜井

岡寺

聖林寺

長谷寺
2008.3.2
2011.4.29

安倍文殊院new


宇陀市

室生寺

宇太水分神社


五條市

栄山寺


吉野

金峯山寺
2008.3.16
2010.10.16

吉野水分神社

赤字は世界遺産
亀吉の探索済みの滋賀県の世界遺産と国宝スポット
滋賀県には国宝建造物22件国宝彫刻4件があります


大津市

石山寺

園城寺 
2008.4.12
2010.8.7
2011.10.29

日吉大社

延暦寺


野洲市

御上神社

大笹原神社


蒲生郡

苗村神社


彦根市

彦根城


長浜市

渡岸寺(向源寺)

竹生島 宝厳寺と都久夫須麻神社


犬上郡

西明寺


愛知郡

金剛輪寺


湖南市

善水寺

常楽寺

長寿寺

赤字は世界遺産
亀吉の探索済みの和歌山県の世界遺産と国宝スポット
和歌山県には国宝建造物7件国宝彫刻5件があります


高野山

金剛峰寺
2008.5.4(1)(2)
2011.10.20(1)(2)(3)(4)(5)

金剛三昧院
2008.5.4
2011.10.20

慈尊院と丹生官省符神社と丹生都比売神社
2008.5.4
2011.10.20


岩出市

根来寺


海南市

善福院

長保寺


日高郡

道成寺

赤字は世界遺産

亀吉の探索済みの兵庫県の世界遺産と国宝スポット
兵庫県には国宝建造物11件国宝彫刻1件があります

姫路市

姫路城


神戸市

太山寺
加古川市

鶴林寺
小野市

浄土寺
加西市

一乗寺
加東市

朝光寺

赤字は世界遺産
亀吉の探索済みの大阪府の国宝スポット
大阪府には国宝建造物5件国宝彫刻4件があります


大阪市

住吉大社
2008.3.22
2011.10.1


藤井寺市

葛井寺
2008.3.30
2010.4.18

道明寺
2008.3.30
2010.4.18


河内長野市

観心寺
2008.3.30
2010.4.18


堺市

桜井神社


貝塚市

孝恩寺


泉佐野市

慈眼院


交野市

獅子窟寺


サイドバー2下の追尾スペース
ここに追尾させたいものを記載します。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。