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世界遺産 法隆寺地域の仏教建造物その二 法起寺(ほっきじ)の国宝と地図

まずは「法起寺」の様子を動画でご覧下さい!




2008.3.2 世界遺産 法隆寺地域の仏教建造物探索はまだまだ続きます。

まず世界遺産 法隆寺地域の仏教建造物とは?
奈良県生駒郡斑鳩町に位置する法隆寺及び法起寺の建造物群の総称。法隆寺は世界最古の木造建築として知られ、法起寺は日本最大最古の三重塔で有名。仏教伝来直後の仏教建築物で、日本の宗教建築に深い影響を及ぼしたものであること、中国文化への順応、及び結果的に日本独特の様式を確立した代表的な例であることなどが高く評価され、1993年、世界文化遺産に登録されました。

「法隆寺」を後にした僕は、次の目的地世界遺産「法起寺」へと車を走らせました。
「法隆寺」から「法起寺」へは車でならすぐ5~6分以内の所にあります。

駐車場らしきものが見当たらないようなところで、本当にここ世界遺産?みたいな所に「法起寺」はあります。まわりは田んぼだけみたいなところです。

そんなに広くはない境内に一際目立つ塔が建っています。
国宝「三重塔」です。
法起寺三重塔

国宝「法起寺三重塔」


「1300年ロマンを感じるお寺」それが法起寺です。






法起寺について
ウィキペディア(Wikipedia)より
法起寺(ほうきじ、ほっきじ)は、奈良県生駒郡斑鳩町岡本にある聖徳宗のお寺です。古くは岡本寺、池後寺(いけじりでら)とも呼ばれました。
山号は「岡本山」(ただし、奈良時代以前創建の寺院にはもともと山号はなく、後世付したものである)。本尊は十一面観音。聖徳太子建立七大寺の一つに数えられることもありますが、寺の完成は太子が没して数十年後のことです。

寺名は20世紀末頃までの文献では「ほっきじ」と読んでいましたが、現在、寺側では「ほうきじ」を正式の読みとしている。これは、法起寺が法隆寺とともに世界遺産に登録されるにあたり、「法」の読み方に一貫性が欲しい、という理由により、高田良信法隆寺管長により、「ほうきじ」を正式とする、という判断がされたためである。長年の親しみもあり、今でも「ほっきじ」と読む人は多い。

世界遺産法隆寺が所在する斑鳩(いかるが)の里には、法起寺のほか、法輪寺、中宮寺など、創建年代が7世紀にさかのぼる古代寺院が存在し、この地が早くから仏教文化の栄えた地であったことがわかります。法起寺は法隆寺東院の北東方の山裾の岡本地区に位置する。この地は聖徳太子が法華経を講じた「岡本宮」の跡地と言われ、太子の遺言により子息の山背大兄王(やましろのおおえのおう)が岡本宮を寺に改めたのが法起寺の始まりと伝えられています。

天平19年(747年)の「法隆寺縁起」には「聖徳太子建立七寺」の一として「池後尼寺」が挙げられています。この池後尼寺が法起寺と同一寺院であることを示す最古の資料は宝亀2年(771年)の「七代記」(四天王寺の僧教明の撰)で、そこには「法起寺、時の人喚(よ)びて池後寺とす」(原文漢文)とあります。一方、この寺には「岡本寺」という呼び名もあり、天平勝宝2年(750年)の「造東大寺司牒案」(正倉院文書)に「岡本寺」とあるのがもっとも早い例です。9世紀成立の仏教説話集「日本霊異記」(「日本現報善悪霊異記」)には「大和国平群郡鵤村岡本尼寺」の観音像にまつわる霊験譚を載せるが、そこには岡本尼寺は聖徳太子の住んだ宮を寺に改めたものだとあります。このことから、岡本寺が鵤村(いかるがむら)にあったこと、「聖徳太子の宮を寺に改めた」という創建縁起が9世紀の時点で流布していたことがわかります。

創建当時の建築で現存するものは三重塔のみでありますが、昭和35年(1960年)以降実施された境内の発掘調査によって金堂跡・講堂跡が検出され、中門についても瓦積基壇の跡が検出され、創建当時の伽藍配置が判明しました。旧伽藍は、金堂と塔が左右(東西)に並び、法隆寺西院の伽藍配置と似ていますが、法隆寺とは逆に金堂が西、塔が東に建つもので、このような形式を「法起寺式伽藍配置」と称しています。

また、発掘調査の結果、旧伽藍建立以前にさかのぼる掘立柱(礎石を据えず、地面に堀った柱穴に柱を立てる)建物の遺構や石敷の雨落溝が検出されたことから、法起寺創建以前に何らかの前身建物が存在したことは確認されており、これが岡本宮ではないかと推定されています。法起寺の旧伽藍は南を正面とし、南北の中心軸に沿って建てられていたが、前身建物や溝は南北の軸線より西に約20度傾いた軸線に沿って造られています。建物の中心軸が西に約20度傾いている点は、法隆寺の前身である若草伽藍跡とも共通します。

「法起寺露盤銘」
三重塔の建立時期、及び寺の建立経緯については、「聖徳太子伝私記」(仁治3年・1242年、顕真著)という中世の記録に引用されている「法起寺三重塔露盤銘」という史料がよりどころとなっています。それによれば、聖徳太子は、推古天皇30年(622年)、臨終に際し山背大兄王に遺言して、岡本宮を寺に改められることを命じた。十数年後の舒明天皇10年(638年)、福亮僧正なる人物によって弥勒仏を本尊とする金堂が建て始められた。塔は恵施僧正によって天武天皇13年(684年)に起工、慶雲3年(706年)に至って完成したといいます。発願から塔の完成までには80年以上を要したことになる。「聖徳太子伝私記」所収の「法起寺三重塔露盤銘」については、文意の通らない部分があり、露盤の実物が現存しないこともあって、建築史学者の関野貞(1868年 - 1935年)などが偽作説を唱えた。これに対し、会津八一は昭和6年(1931年)、「法起寺塔露盤銘文考」という論文の中で、史料批判的見地から「聖徳太子伝私記」が露盤銘の文字を誤写している点を指摘し、銘文の復元案を提出した。この会津の読解によって、露盤銘は信頼できる史料と認められるようになりました。建築様式の点からも、法起寺塔を706年頃の完成と見るのは妥当とされています。


ここで僕の大好きな国宝のご紹介
建造物
*三重塔
以上


法起寺

国宝「法起寺三重塔」と左「聖天堂」

国宝「法起寺三重塔」(ほっきじさんじゅうのとう)
天武13~慶雲3(684~706)
三間三重塔婆、本瓦葺
建立時期については前述のとおり706年頃の完成とみなされています。高さ24メートルで、三重塔としては日本最古である。また、特異な形式の三重塔である薬師寺東塔を除けば、日本最大の三重塔と言われている。日本の木造塔は方三間(正側面のいずれにも柱が4本並び、柱間の数が3つになるという意味)が原則だが、この塔は初層・二層の柱間が3間、三層の柱間が2間という特殊な形式になる。ほぼ同時代の法隆寺五重塔も最上部の五層の柱間を2間としており、法隆寺五重塔の初層・三層・五層の大きさが法起寺三重塔の初層・二層・三層にほぼ等しいことが指摘されている。心礎は、法隆寺五重塔や中宮寺塔跡の心礎が地中深く据えられているのに対し、法起寺では基壇の版築の途上で据えられており、これは法隆寺塔などより時代の下がることを意味する。

この塔は江戸時代の延宝年間(1673 - 1681年)の修理で大きく改造され、この時、三重の柱間も2間から3間に変更されていたが、1970年~1975年の解体修理の際、部材に残る痕跡を元に、創建当時の形に復元した。二重と三重の高欄(手すり)も解体修理時の復元です。

境内はあっという間に全て見れるほどのものですが、三重塔には1300年のロマンを感じます。
五重塔に比べて三重塔は派手さはありませんがおもむきはあるものですよ。

斑鳩に行かれるときは「法隆寺」だけではなくぜひこの「法起寺」も訪れていただきたいものです。
世界遺産になるものにはそれなりの理由があるのです。

以上で世界遺産 法隆寺地域の仏教建造物探索は終わりですが、せっかくここまで来たのですから他のお寺も回ってみようという事で、今度は「国宝建造物と彫刻のあるお寺」を探索してみることにしました。

しかしこの続きは次回ということで。

それではまた!

拝観料 300円

駐車場はありません。


大きな地図で見る




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2008.3.2 奈良県の国宝建造物と彫刻探索の旅
法隆寺 法起寺 当麻寺 岡寺 聖林寺 長谷寺

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