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当麻寺(たいまでら)の国宝と地図

スライドショーで「当麻寺」の写真をご覧いただけますよ!




2008.3.2 世界遺産 法隆寺地域の仏教建造物探索も終わり、今度は奈良県の国宝建造物と彫刻探索というテーマでブログを進めていきたいと思います。
その第一回目が奈良県葛城市にある「当麻寺」(當麻寺)です。

当麻寺の山門である東大門をくぐると、当麻寺の境内が広がり、すぐに国宝「梵鐘」があります。
日本最古の梵鐘です。 (白鳳時代)
当麻寺 梵鐘


国宝「梵鐘」


西方極楽浄土の様子を表わした「当麻曼荼羅」の信仰と、曼荼羅にまつわる中将姫伝説で知られるここ「当麻寺」は本当に素晴らしいお寺でした。





当麻寺について
ウィキペディア(Wikipedia)より
當麻寺(当麻寺、たいまでら)は、奈良県葛城市にある飛鳥時代創建のお寺です。法号は「禅林寺」。山号は「二上山」。創建時の本尊は弥勒仏(金堂)であるが、現在信仰の中心となっているのは当麻曼荼羅(本堂)です。宗派は高野山真言宗と浄土宗の並立となっています。開基は聖徳太子の異母弟・麻呂古王とされるが、草創については不明な点が多い。
西方極楽浄土の様子を表わした「当麻曼荼羅」の信仰と、曼荼羅にまつわる中将姫伝説で知られる古寺です。毎年5月14日に行われる練供養会式(ねりくようえしき)には多くの見物人が集まりますが、この行事も当麻曼荼羅と中将姫にかかわるものです。奈良時代 - 平安時代初期建立の2基の三重塔(東塔・西塔)があり、近世以前建立の東西両塔が残る日本唯一の寺としても知られます。

中将姫の蓮糸曼荼羅(当麻曼荼羅)の伝説で名高い當麻寺は、二上山(にじょうざん、ふたかみやま)の麓に位置します。當麻寺がある奈良県葛城市当麻地区(旧・北葛城郡當麻町)は、奈良盆地の西端、大阪府に接する位置にあります。この地にある二上山は、その名のとおり、ラクダのこぶのような2つの頂上(雄岳、雌岳という)をもつ山で、奈良盆地東部の神体山・三輪山(桜井市)と相対する位置にあります。二上山は、大和の国の西に位置し、夕陽が2つの峰の中間に沈むことから、西方極楽浄土の入口、死者の魂がおもむく先であると考えられた特別な山でした。

二上山の南を通る竹内(たけのうち)街道は、河内と大和を結ぶ主要な交通路で、古代には中国大陸や朝鮮半島から渡来の文物が難波(大阪)の港から都へと運ばれるルートでもありました。平安時代の浄土教僧で『往生要集』の著者である恵心僧都源信はこの地方の出身です。また、当麻の地は折口信夫(釈迢空)の幻想的な小説「死者の書」の舞台としても知られます。

当麻は、山道が「たぎたぎしい(険しい)」ことから付けられた名であるとの通説があるが、神功皇后の母方の先祖(アメノヒボコの子孫)、尾張氏、海部氏の系図を見ても頻繁に但馬と当麻あるいは葛城との深い関係が類推されます。

當麻寺はこの地に勢力をもっていた豪族「当麻氏」の氏寺として建てられたものである。寺には仏像、梵鐘、石灯籠など、いずれも奈良時代前期(7世紀後半)にさかのぼる遺物があり、寺の草創はこのころと推定されるが、創建の正確な時期や事情については正史に記録が見えず、今ひとつ明らかでない。

当麻曼荼羅への信仰が広がり始めた鎌倉時代になって、ようやく各種書物や記録に草創縁起が見られるようになる。その早い例は、12世紀末、鎌倉時代初期の建久2年(1191年)に成立した「建久御巡礼記」という書物です。これは、興福寺の僧・実叡が大和の著名寺社を巡礼した際の記録であります。

當麻寺について同書には、聖徳太子の異母弟である麻呂古王が弥勒仏を本尊とする「禅林寺」として草創したものであり、その孫の当麻真人国見(たいまのまひとくにみ)が天武天皇10年(681年)に役行者(えんのぎょうじゃ)ゆかりの地である現在地に移したものだ、とあります。

一方、「上宮太子拾遺記」(嘉禎3年・1237年)所引の「当麻寺縁起」によれば、當麻寺は推古天皇20年(612年)、麻呂古王が救世観音を本尊とする万宝蔵院として創建したもので、当初は今の當麻寺の南方の味曽路という場所にあり、692年に現在地に移築されたとする。なお、万宝蔵院の旧所在地については河内国山田郷(大阪府交野市あたり)とする史料もあります。

平安時代末期、いわゆる末法思想の普及に伴って、来世に阿弥陀如来の西方極楽浄土に生まれ変わろうとする信仰が広がり、阿弥陀堂が盛んに建立された。この頃から當麻寺は阿弥陀如来の浄土を描いた「当麻曼荼羅」を安置する寺として信仰を集めるようになります。中でも浄土宗西山派の祖・証空は、貞応2年(1223年)に「当麻曼荼羅註」を著し、当麻曼荼羅の写しを十数本制作し諸国に安置して、当麻曼荼羅の普及に貢献しました。


ここで僕の大好きな国宝のご紹介
建造物
*東塔 
*西塔 
*本堂(曼荼羅堂)
彫刻
*弥勒仏坐像 
その他
*当麻曼荼羅厨子 
*綴織当麻曼荼羅図 
*梵鐘 
*倶利伽羅竜蒔絵経箱
以上


梵鐘からさらに足を進めると右手に「講堂」左手に「金堂」があります。

当麻寺 金堂
「金堂」

入母屋造、本瓦葺。内陣の柱に文永5年(1268年)の田地寄進銘があり、これより以前、鎌倉時代前期の再建と思われる。藤原京や平城京の大寺の金堂に比較すれば小規模だが、創建以来の規模を保っているものと思われる。中世以降、當麻寺の信仰の中心は当麻曼荼羅を安置する本堂(曼荼羅堂)に移っているが、本来の中心堂宇が金堂であることは言うまでもない。内部は土間で、本尊の塑造弥勒仏坐像、乾漆四天王立像などを安置する。

当麻寺 金堂

当麻寺 講堂
「講堂」

当麻寺 講堂

金堂の背後(北)に建っています。寄棟造、本瓦葺。棟木の墨書により鎌倉時代末期の乾元2年(1303年)の再建であることが知られる。本尊阿弥陀如来坐像(重文)のほか、多くの仏像を安置しています。

さらにその正面に国宝「本堂」が建っています。
当麻寺 本堂
国宝「当麻寺本堂」

国宝「当麻寺本堂」(たいまでらほんどう)
永暦2(1161)
桁行七間、梁間六間、一重、寄棟造、本瓦葺、閼伽棚を含む
金堂・講堂の西側に、東を正面として建っています。寄棟造、本瓦葺。棟木の墨書銘から平安時代末期、永暦2年(1161年)の建築であることがわかるが、解体修理寺の調査の結果から、平安時代初期(9世紀頃)に建てられた前身堂を改築したものであり、さらにさかのぼる奈良時代の建物の部材も一部転用されていることがわかっているそうです。内部には当麻曼荼羅を懸けるための扁平で巨大な厨子を安置しています。

当麻寺 本堂


さらに南方には国宝「西塔」「東塔」がちょっと小高い所に建っています。
当麻寺 西塔
国宝 「当麻寺西塔」

国宝 「当麻寺西塔」(たいまでらさいとう)
平安前期
三間三重塔婆、本瓦葺
当麻寺 東塔
国宝 「当麻寺東塔」

国宝 「当麻寺東塔」(たいまでらとうとう)
奈良時代
三間三重塔婆、本瓦葺
「西塔」と「東塔」いずれも三重塔です。
東塔は初重が通常どおり3間(柱が一辺に4本立ち、柱間が3つあるという意味)であるのに対し、二重・三重を2間とする特異な塔だそうです(日本の社寺建築では、柱間を偶数として、中央に柱が来るのは異例)。これに対し、西塔は初重、二重、三重とも柱間を3間としています。また、屋根上の水煙(すいえん)という装飾のデザインを見ると、西塔のそれはオーソドックスなものですが、東塔の水煙は魚の骨のような形をした、変わったデザインのものである(ただし、創建当初のものではないらしい)。細部の様式等から、東塔は奈良時代末期、西塔はやや遅れて奈良時代最末期から平安時代初頭の建築と推定される。東西の塔にデザインや建築時期の違いは若干あるものの、近世以前の東西両塔が現存する日本唯一の例として、きわめて貴重なものであるそうです。

これまで行ったお寺で三重塔が二つも建っているのは初めてです。
単純になんかかっこいい風景です。

金堂の裏のほうには日本最古の「石灯籠」(重文)(白鳳時代)もあり、見学するところはいっぱいありますよ。

その他、当麻寺は牡丹の寺としても有名で、四月下旬から五月のはじめにかけて見頃となります。

以上が当麻寺探索日記です。

奈良県の国宝建造物と彫刻探索はまだまだ続きます。

しかしこの続きはまた次回ということで。それではまた!

「当麻寺」公式ホームページへ

拝観料 大人500円/小学生250円 (5/13,14,15は600円/300円)

駐車場あります。1日500円







じゃらんnetで奈良の宿をチェックする

2008.3.2 奈良県の国宝建造物と彫刻探索の旅
法隆寺 法起寺 当麻寺 岡寺 聖林寺 長谷寺

2010.4.29の當麻寺探索記その一へ
2010.4.29の當麻寺探索記その二へ

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コメント

ありがとう。
このお寺に5月に行くことが出来ました・・・

お練供養会式の事を知り出かけました賀余りの人の多さに圧倒されてしまい良く拝観しないで帰ってしまいました。

こんなに歴史や詳しく教えてもらってもう一度尋ねてみたくなりました。
牡丹の綺麗な季節にでも訪れてみたいですね。

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