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新薬師寺(しんやくしじ)の国宝と地図

まずは「新薬師寺」の動画をご覧下さい。




2008.3.8 先週に引き続き「奈良県の国宝建造物と彫刻探索」の旅に出かけました。

完全に奈良にはまった僕です。

この日の目的は、奈良市内の国宝建造物と彫刻を制覇することです。

2008.2.24 に世界遺産のお寺は全て探索しましたので、残りのお寺を全て回ってみようと思っています。その様子を

何回かに分けてご紹介していきたいと思います。

この日最初に訪れたのは、「新薬師寺」です。

新薬師寺


新薬師寺
「東門」


新薬師寺 門
「南門」


「南門」(鎌倉時代)をくぐるとそこは新薬師寺の境内です。
学生さんたちもここ新薬師寺に観光でいらしていました。
門をくぐりすぐ右手に「鐘楼」(鎌倉時代)がありました。
新薬師寺 鐘楼
「鐘楼」

そんなに広くはない境内ですが、ここにも素晴らしい国宝がありました。


新薬師寺について
ウィキペディア(Wikipedia)より
新薬師寺(しんやくしじ)は、奈良市高畑福井町にある華厳宗のお寺です。本尊は薬師如来、開基は光明皇后または聖武天皇と伝えます。山号は日輪山(ただし、古代の寺院には山号はなく、後世に付したものである)。奈良時代には南都十大寺の1つに数えられ、平安時代以降は規模縮小しましたが、国宝の本堂や奈良時代の十二神将像をはじめ、多くの文化財を伝えています。

歴史
創建
奈良市街地の南東方、春日大社の二の鳥居の南方に位置します。最盛期には4町(約440メートル)四方の寺地を有し、現在の奈良教育大学のキャンパスあたりまでが新薬師寺の境内地でした。

新薬師寺は奈良時代(8世紀)創建の官立寺院であることは間違いないが、創建の正確な時期や事情については正史に記載がありません。平安時代末期成立の「東大寺要録」には、末寺である新薬師寺についての記載があり、同書の巻第一・本願章には「天平19年(747年)、光明皇后が夫聖武天皇の病気平癒のため新薬師寺を建て、七仏薬師像を造った」とあります。また、同書巻第六・末寺章によれば、新薬師寺は別名を香薬寺といい、九間の仏堂に「七仏(薬師)浄土七躯」があったといいます。天平宝字6年3月1日(762年3月30日)の「造東大寺司告朔解」(こくさくげ)という文書(正倉院文書)によると、当時「造香山薬師寺所」という臨時の役所が存在し、香山薬師寺(新薬師寺の別名)の造営がまだ続いていたことがわかります。

「続日本紀」の記載を見ると、聖武天皇の病気は2年前の天平17年(745年)以来のもので、新薬師寺の建立された天平19年(747年)頃は小康状態にあったようです。「続紀」によると、天平17年(745年)9月には聖武の病気平癒のため、京師と畿内の諸寺に薬師悔過(けか)法要の実施を命じ、また諸国に「薬師仏像七躯高六尺三寸」の造立を命じています。新薬師寺の創建は、この七仏薬師造立の勅命にかかわるものとみられています。なお、別の伝承では、聖武天皇が光明皇后の眼病平癒を祈願して天平17年(745年)に建立したともいいます。

「香山寺」と新薬師寺
前述のとおり、新薬師寺には香山薬師寺または香薬寺という別名があったことが知られますが、正倉院文書にはこれとは別にやはり光明皇后創建を伝える「香山寺」という寺の名が散見され、この香山寺と新薬師寺との関係についてはさまざまな説があります。

正倉院には、東大寺の寺地の範囲を示した「東大寺山堺四至図」(とうだいじさんかいしいしず)という絵図がありますが、この絵図を見ると、現・新薬師寺の位置に「新薬師寺堂」、東方の春日山中に「香山堂」の存在が明記され、絵図が作成された天平勝宝8年(756年)の時点でこの両建物が並存していたことが明らかです。福山敏男は、新薬師寺と香山薬師寺は同じ寺院の別称だとしたうえで、「山堺四至図」にみえる「香山堂」を「香山寺」と認め、香山寺は「続紀」にみえる天平17年(745年)9月の薬師悔過実施と七仏薬師造立の勅命に基づいて創建されたものとしました。毛利久は、香山寺と新薬師寺は後に合併して、春日山中の香山寺は奥の院的存在になったとみなし、香山寺と香山薬師寺は同じ寺院の別称としました。

この香山寺ないし香山堂については、昭和41年(1966年)の奈良国立博物館の現地調査により、佐保川の水源地付近の尾根上に寺院跡が確認されています。同地から採取された古瓦の様式年代から、香山寺は天平17年(745年)以前に建てられたことが明らかとなりました。この点をふまえ、稲木吉一は、香山薬師寺は新薬師寺の別名で、香山寺は新薬師寺創建以前から春日山中に存在した別寺院であり、平安時代中期頃に廃絶したとしています。

平成20年(2008年)、奈良教育大学の校舎改築に伴う発掘調査が行われ、同大学構内で新薬師寺金堂跡とみられる大型建物跡が検出されました。同年10月23日の奈良教育大学の発表によると、検出された建物跡は基壇の規模が正面54メートル、奥行27メートルと推定され、基壇を構成していたと思われる板状の凝灰岩や、柱の礎石を支えていたとみられる、石を敷き詰めた遺構などが出土しました。当地は現・新薬師寺の西約150メートルに位置し、上述の「東大寺山堺四至図」にある新薬師寺の七仏薬師堂に相当する建物跡と推定されています。

衰退と復興
創建時の新薬師寺は金堂、東西両塔などの七堂伽藍が建ち並ぶ大寺院でしたが、次第に衰退しました。「続日本紀」によれば宝亀11年(780年)の落雷で西塔が焼失し、いくつかの堂宇が延焼しています。また、「日本紀略」「東大寺要録」によれば、応和2年(962年)に台風で金堂以下の主要堂宇が倒壊し、以後、復興はしたものの、往時の規模に戻ることはなかった。現在の本堂は様式からみて奈良時代の建築だが、本来の金堂ではなく、他の堂を転用したものです。現本尊の薬師如来像は様式・技法上、平安時代初期の制作とするのが一般的ですが、本堂建立と同時期までさかのぼる可能性も指摘されています。

治承4年(1180年)の平重衡の兵火で、東大寺、興福寺は主要伽藍を焼失しましたが、新薬師寺は焼け残りました。鎌倉時代には華厳宗中興の祖である明恵(みょうえ)が一時入寺し、復興に努めました。現存する本堂以外の主要建物は鎌倉時代のものです。


ここで僕の大好きな国宝のご紹介。
建造物
*本堂
彫刻
*薬師如来坐像
*十二神将立像 11躯
以上


新薬師寺 地蔵堂
「地蔵堂」


南門をくぐって正面に国宝「本堂」(奈良時代)が建っています。
もともとは食堂だったそうですよ。

新薬師寺
国宝「新薬師寺本堂」

国宝「新薬師寺本堂」(しんやくしじほんどう)
桁行七間、梁間五間、一重、入母屋造、本瓦葺
入母屋造、本瓦葺きで低平な印象の堂である。平面規模は桁行7間、梁間5間で、5間×3間の身舎(もや)の周囲に1間の庇をめぐらした形式になる。正面は柱間7間のうち中央3間を戸口とし、その左右各2間には窓を設けず白壁を大きく見せた意匠とする。側面、背面も中央間に戸口を設けるのみで窓は設けていない。内部は土間で、天井を張らず、垂木などの構造材をそのまま見せる「化粧屋根裏」となっている。堂内中央には円形漆喰塗りの仏壇を築き、中央に本尊薬師如来像を安置、これを囲んで十二神将像が外向きに立つ。この建物は創建当初の金堂ではなく、他の建物を転用したものではあるが(密教的修法が行われた「壇所」であったという説がある)、遺構の少ない奈良時代の建造物として貴重である。桁行7間のうち中央の柱間を両脇の柱間より広く取ること、身舎の柱間をこの時代通例の2間でなく3間とする点が特色で、これは堂内中央に大型の円形仏壇を設置することをあらかじめ想定して設計されたものと考えられる。
本堂内には本尊国宝「薬師如来坐像」と国宝「十二神将立像 11躯」が安置されています。
薬師如来坐像は一般の仏像と比べて、眼が大きいのが特徴だそうです。
像高191.5センチメートル。制作年代は記録がなく不明であるが、新薬師寺の創建期まではさかのぼらず、平安時代初期・8世紀末頃の作と見るのが一般的である。坐像で高さ2メートル近い大作だが、頭・体の主要部分はカヤの一木から木取りし、これに脚部、両腕の一部などを矧ぎ付ける。矧ぎ付け材も同じ材木から木取りされ、木目を縦方向に合わせるように造られていることが指摘されている。眉、瞳、髭などに墨、唇に朱を差すほかは彩色や金箔を施さない素木仕上げとする。一般の仏像に比べ眼が大きいのが特徴で、「聖武天皇が光明皇后の眼病平癒を祈願して新薬師寺を創建した」との伝承も、この像の眼の大きさと関連づけられている。1975年の調査の際、像内から平安時代初期と見られる法華経8巻が発見され、国宝の「附(つけたり)」として指定されている。光背には6体の化仏が配されていて像本体と合わせると7体となり、『七仏薬師経』に説く七仏薬師を表現しているとみられる。また、光背の装飾にはシルクロード由来のアカンサスという植物の葉と考えられている装飾がある。


十二神将立像はとにかくかっこいいの一言です。12体のうち11体が国宝という素晴らしさ。
十二神将は薬師如来の眷属である。円形の仏壇上、中央の本尊薬師如来像を囲んで立つ。木造の本尊とは異なり、奈良時代に盛んに造られた塑像である。これらの像は高円山麓にあった岩淵寺から移されたとする伝承もあるが、造立の事情は明らかでない。作風や、12躯のうち1躯の台座裏桟から「天平」云々の墨書が見出されたことなどから、天平期の作と見なされている。同じ塑造の傑作として知られる東大寺戒壇院の四天王像の造形と比較すると、ポーズが大振りになっており、東大寺像よりも時代が少し下ると見られている。
十二神将は、我が国最古最大の仏だそうです。
十二神それぞれが干支の仏様でもあるそうです。ずばり一見の価値ありです!
新薬師寺
パンフレットより


十二神将一覧
迷企羅大将 右手腰辺に下げ剣を構える
頞儞羅大将 両手で矢を構える
宮毘羅大将 両手に弓矢(国宝指定外)
毘羯羅大将 右手に三鈷杵
摩虎羅大将 右手に斧
招杜羅大将 右手胸辺に上げ剣を構える
珊底羅大将 左手下げ剣を持つ
真達羅大将 左手に宝棒
安底羅大将 右手に戟、冑なし
因達羅大将 左手を上方に上げる
伐折羅大将 両手で払子を持つ
波夷羅大将 右手に戟、冑をかぶる

とにかく本堂の中を一度拝観してみてください。
今までの僕の探索記の中では、東大寺「法華堂」につづいて2番目のおすすめです。
仏像に関してまったくの素人の僕も感動しました。

あっという間に回れてしまうぐらいの境内ですが、奥は深い!それが僕の感想です。

新薬師寺を後にした僕は次の目的地「十輪院」へと向かうのでした。

しかしこの続きは次回ということで。それではまた!

「新薬師寺」公式ホームページへ

拝観料 大人 大学 高校 中学 小学
個人 600円 600円 350円 350円 150円

駐車場あります 無料







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2008.3.8 奈良県の国宝建造物と彫刻探索の旅
新薬師寺 十輪院 般若寺 円成寺 法華寺 海龍王寺 秋篠寺 長弓寺 霊山寺


★世界遺産と国宝探索記目次へ>>>



追加記事です。
2011.2.16に2度目の探索に行きました。
今回は前回よりもちょっとは知識も豊富になった僕であったと思います。
本堂内の仏像も前回とは違う感覚で拝観できたと思います。
「十二神将」もさることながら本尊「薬師如来」のなんだか愛嬌のあるお姿がなんか心癒されました。
境内の写真もたくさん撮りましたので掲載しておきます。

新薬師寺

新薬師寺
2011.2.16の「新薬師寺本堂」


新薬師寺


新薬師寺


新薬師寺


前回気づかなかったんですけど、「新薬師寺」の境内のあちらこちらにお地蔵さんがいらっしゃいました。

数を数えてみたりするのも楽しいかも。

新薬師寺

新薬師寺

新薬師寺

新薬師寺

新薬師寺

新薬師寺



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