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般若寺(はんにゃじ)の国宝と地図

2008.3.8 奈良県の国宝建造物と彫刻探索の旅はまだまだ続きます。



「十輪院」を後にした僕は、次の目的地「般若寺」へと車を走らせました。
般若寺は「コスモスの寺」として古くから有名なお寺だそうですよ。
スライドショーで「般若寺」の写真をご覧いただけますよ!


般若寺 本堂

「本堂」

般若寺 鐘楼

「鐘楼」

僕が行った3月はまだお花は咲いていませんが9~10月にかけてがコスモスの見ごろだそうです。

境内は緑豊かな、花の寺という感じです。


般若寺について
般若寺(はんにゃじ)は、奈良市北部・奈良坂(奈良きたまち)に位置する真言律宗のお寺です。
飛鳥時代に高句麗の僧によって開創され、のち聖武天皇が鬼門鎮護の寺として堂塔を建立したと伝わっています。本尊は文殊菩薩。コスモス寺の名で知られています。


歴史

般若寺は東大寺大仏殿や正倉院の北方、奈良坂と呼ばれる登り坂を登りきった地点に位置する。般若寺門前を南北に通る道は「京街道」と呼ばれ、大和(奈良県)と山城(京都府)を結ぶ、古代以来重要な道であった。この道はまた、平城京の東端を南北に通っていた東七坊大路(東大寺と興福寺の境をなす)の延長でもある。

創建

般若寺の創建事情や時期については正史に記載がなく、創立者についても諸説あって、正確なところは不明である。ただし、般若寺の境内からは奈良時代の古瓦が出土しており、奈良時代からこの地に寺院が存在していたことは確かである。寺伝では舒明天皇元年(629年)、高句麗の僧・慧灌(えかん)の創建とされ、天平7年(735年)、聖武天皇が伽藍を建立し、十三重石塔を建てて天皇自筆の大般若経を安置したというが、これらを裏付ける史料はない。別の伝承では白雉5年(654年)、蘇我日向臣(そがのひむかのおみ)が孝徳天皇の病気平癒のため創建したともいう(「上宮聖徳法王帝説」裏書)。

鎌倉時代の文永4年(1267年)、当時の本尊・文殊菩薩像を開眼供養した際の願文(がんもん)では、「般若寺は聖武天皇が創建し、平安時代に僧観賢によって再興された」とする説を採用している。しかし、観賢(854年-925年)が関与した「般若寺」は山城国(今の京都市右京区鳴滝般若寺町)にあった寺であり、上記の説は同名別寺院を混同したものである。この、観賢再興説が誤りであるという点は、すでに江戸時代・享保20年(1735年)刊の「奈良坊目拙解」(村井古道著)で指摘されている。

信頼できる史料における「般若寺」の初出は、天平14年(742年)10月3日付の「金光明寺写経所牒」(正倉院文書)であるとされている。ただし、これについても、今の奈良県香芝市にあった片岡寺(別名般若寺)を指すとみる説もある。

その後平安時代末頃までの歴史はあまり明らかでない。治承4年(1180年)、平重衡による南都焼き討ちの際には、東大寺、興福寺などとともに般若寺も焼け落ち、その後しばらくは廃寺同然となっていたようである。

鎌倉時代

廃寺同然となっていた般若寺は、鎌倉時代に入って再興が進められた。寺のシンボルとも言える十三重石塔は僧・良恵(りょうえ)らによって建立され、建長5年(1253年)頃までに完成した。その後、西大寺の僧・叡尊によって本尊や伽藍の復興が行われた。叡尊は、西大寺を本山とする真言律宗の宗祖で、日本仏教における戒律の復興に努め、貧者・病者救済などの社会事業を行ったことで知られる。般若寺の位置する奈良市街北方地域は、中世には当時「非人」と呼ばれて差別された病者・貧者などの住む地域であり、般若寺の近くには「北山十八間戸」(きたやまじゅうはちけんと、国の史跡)というハンセン病などの不治の病の人を収容する施設もあった。叡尊は建長7年(1255年)から般若寺本尊文殊菩薩像の造立を始め、文永4年(1267年)に開眼供養が行われた。この文殊像は獅子の上に乗った巨像で、完成までに実に12年を要した。

戦国時代以後

その後、延徳2年(1490年)の火災、永禄10年(1567年)東大寺大仏殿の戦いでの松永久秀の兵火によって主要伽藍を焼失した。延徳の火災では前述の叡尊によって供養された文殊菩薩像も焼失している。

明治初期の廃仏毀釈でも甚大な被害を受けた。近代に入ってからは寺は荒れ果て、無住となって、本山の西大寺が管理していた時代もあったが、第二次大戦後になって諸堂の修理が行われ、境内が整備されている。なお、般若寺の客殿は実業家畠山一清(はたけやまいっせい、1881年-1971年)によって東京都港区白金台に移築され、料亭「般若苑」として営業していた(現在は廃業)。



ここで僕の大好きな国宝のご紹介。
建造物
*楼門
以上


般若寺 楼門
国宝「般若寺楼門」

国宝「般若寺楼門」(はんにゃじろうもん)
鎌倉前期
一間一戸楼門、入母屋造、本瓦葺
民家の建ち並ぶ京街道に面し、西を正面として建つ。鎌倉時代(13世紀後半)建立。下層は1間、上層は3間とする。長押を多用し、和様を基調としつつ、上層の組物など細部には大仏様(よう)の意匠を多用する。上層の出組の組物は、外部から見ると複雑な構造に見えるが、建物内部では柱が直接桁(屋根の垂木を支える水平材)に達する単純な構造で、組物は使われていない。つまり、上層の組物は外側から釘止めまたは枘(ほぞ)差しとした見せかけのもので、このような構造の建物は非常に珍しい。

般若寺 十三重石塔

「十三重石塔」

この寺のシンボルといえる「十三重石塔」です。
高さ12.6メートル。建長5年(1253年)頃に南宋から来日した石工・伊行末(いぎょうまつ)により建立された、日本の代表的な石塔の一つだそうです。
般若寺 経蔵

「経蔵」

「経蔵」は鎌倉時代の数少ない経蔵遺構のひとつだそうです。

今度は10万本のコスモスが境内を埋め尽くす季節にやって来たいと思います。

般若寺を後にした僕は次の目的地「円成寺」へと車を走らせるのでした。

しかしこの続きはまた次回ということで。それではまた!

拝観料 大人500円、中・高校生200円、小学生100円

駐車場あります 無料

時間 9:00~17:00







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2008.3.8 奈良県の国宝建造物と彫刻探索の旅
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追記です。

2011.12.19 再び「般若寺」へ行ってきました。

前回には気付かなかったことが今回は発見できました。

この「般若寺」にはたくさんの「石仏」があるということに気づきました。

前回は「楼門」のことばかりでほかを見ていなかったです。

般若寺

本堂の回りをこのように「石仏」が囲んでいます。
一つ一つが「西国三十三観音霊場」になっています。
一周すると三十三箇所を回ったことになるんでしょうかね。

般若寺


般若寺

正岡子規の句碑です。
こういった句碑もあちらこちらにありました。

般若寺

「子規の鐘」というみたいです。
正岡子規が寄進したんでしょうか?

般若寺
「般若寺本堂」


般若寺
「十三重石塔」


般若寺
「経蔵」


般若寺

国宝「般若寺楼門」境内から

般若寺
国宝「般若寺楼門」表から


こんなこというとおこられるかもしれませんが、僕が今までみた国宝門の中で一番国宝らしくない門に見えます。

しかしよほどのことがない限り国宝に指定されるわけがありませんもんね。

見た目より内容がすごいんでしょう。

この日はお花はありませんでしたが、「コスモスの寺」と呼ばれるぐらいですので、次回はいい時期に来てみたいです。

「東大寺」からもそれほど遠くありませんのでぜひ。


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2009.12.26
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