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本能寺 (ほんのうじ)の情報と地図

本能寺(ほんのうじ)について

ウィキペディアより

本能寺(ほんのうじ)は、京都府京都市中京区にある、法華宗本門流の寺院。本尊は、日蓮が定めた久遠常住具足の「南無妙法蓮華経」の曼荼羅である。織田信長が明智光秀に討たれた「本能寺の変」で知られる。塔頭が七院ある(恵昇院、蓮承院、定性院、高俊院、本行院、源妙院、龍雲院)。

歴史

本能寺は、当初は「本応寺」という寺号で、室町時代の1415年(応永22年)、京都油小路高辻と五条坊門の間に、日隆によって創建されたものである。日隆は、妙本寺の月明と本迹勝劣をめぐって対立したため、月明の宗徒によって本応寺は破却され、日隆は河内三井・尼崎へ移った。

1429年(永享元年)、帰洛して大檀那の小袖屋宗句の援助により、千本極楽付近の内野に本応寺を再建し、さらに1433年(永享5年)、如意王丸から六角大宮の西、四条坊門に土地の寄進を受け再建し、寺号を「本能寺」と改めた。その後、本能寺は日蓮の本義である「本門八品」の法華経弘通の霊場として栄え、中世後期には京都法華宗21ヶ本山の一つとなり、足利氏の保護を受けた。寺域は六角以南、四条坊門以北、櫛笥以東、大宮以西で方4町(約4万m²)の敷地を有し、また多くの子院も有していた。 応仁の乱後、京都復興に尽力した町衆は、大半が法華宗門徒で、本能寺は、その本山として繁栄した。

1536年(天文5年)、比叡山との教義論争に端を発した天文法華の乱により堂宇はことごとく焼失し、一時堺の顕本寺に避難した。

日承上人・本能寺の変

その後、1547年(天文16年)-1548年(天文17年)の頃帰洛し、日承上人(伏見宮第5代邦高親王の子)が入寺し「第8世」を称し、四条西洞院・油小路・六角・錦小路にわたる地域(旧本能小学校のあたり)に広大な寺地を得て、大伽藍が造営され、子院も30余ヶ院を擁した。

日隆の開山以来、尼崎の本興寺とともに山号はなく両山一貫主制をしいていたが、その後、歴代貫主が地方に布教し、日承の時代には末寺が畿内、北陸、瀬戸内沿岸諸国さらに種子島まで広布し、本能寺を頂点とする本門流教団が成立した。

本能寺は、早くから種子島に布教していたことから、鉄砲・火薬の入手につき戦国大名との関係が深かった。織田信長は日承に帰依してこの寺を上洛中の宿所としていたが、1582年6月21日(天正10年6月2日)、ここで信長が明智光秀率いる軍勢に包囲され自刃する事件が起き(いわゆる本能寺の変)、その際、堂宇を焼失した。

現在の場所への移転とその後

1587年(天正15年)豊臣秀吉の命で、現在の寺域(中京区寺町御池下ル)へと移転された。伽藍の再建は1592年(天正20年)。現在の御池通と京都市役所を含む広大な敷地であった。

江戸時代初期の1615年(元和元年)に江戸幕府から朱印寺領40石を与えられた。前述の理由で戦国大名との関係も深かったこともあり、江戸時代には末寺92を数える大寺院になっていた。

1788年(天明8年1月)の天明の大火、1864年(元治元年7月)の禁門の変(蛤御門の変)に伴い発生したどんどん焼けにより堂宇を焼失した。

旧地の発掘調査

旧地の元本能寺南町には京都市立本能小学校があったが、1992年に廃校となり、その後発掘調査が行われた。それにより、織田信長の定宿だった当時の遺構が発見されて話題を呼んだ。現在は京都市立堀川高等学校本能学舎と京都市本能特別養護ルームの施設となっている。

2007年のマンション建設に伴う遺構調査では、本能寺の変において焼けたと思われる瓦や、「能」の旁が「去」となる異体字がデザインされた丸瓦が、堀跡のヘドロの中から見つかっている。 発掘調査の結果、当初は120m四方の敷地があったと考えられていたが、築地や石垣や水堀が約40m以上さきからは確認されていない。そのため日本中世史の研究家今谷明は、信長の利用した本能寺の「建物は最大40メートル四方クラス」(外部サイト参照)の小さな施設であったと結論付けている。

逸話

右の写真のとおり、本能寺の「能」の字は右側の2つの「ヒ」が「去」のような字に替えられている。これは本能寺が度重なって焼き討ちに遭っているため、「『ヒ』(火)が『去』る」という意味で字形を変えているといわれている。




本能寺(ほんのうじ) 京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522-1 TEL:075-231-5335

アクセス:地下鉄東西線京都市役所前下車すぐ 市バス河原町三条下車徒歩約5分

拝観時間:7時~17時 駐車場:有/有料

拝観料:境内自由












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