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世界遺産 古都京都の文化財その一 平等院(びょうどういん)の国宝と地図その二

まずは「平等院」の動画をご覧ください




引き続き 2008.3.22 京都府の国宝建造物と彫刻探索および世界遺産 「古都京都の文化財」の旅をご紹介していきたいと思います。

昨日に引き続き「平等院」探索日記をご紹介。

前回はこちらへ

いよいよ10円玉でお馴染みの国宝「鳳凰堂」へ

ここ「平等院」は世界遺産「古都京都の文化財」の一つです。
世界遺産 「古都京都の文化財」について
世界遺産登録理由
京都府京都市・宇治市、滋賀県大津市に点在する寺社等の総称。具体的には賀茂別雷神社(上賀茂神社)賀茂御祖神社(下鴨神社)教王護国寺(東寺)清水寺延暦寺醍醐寺仁和寺平等院宇治上神社高山寺、西芳寺(苔寺)、天龍寺鹿苑寺(金閣寺)慈照寺(銀閣寺)竜安寺本願寺二条城の 17件。京都は8世紀から17世紀の間、宗教・非宗教建築と庭園設計の進化にとり主要中心地であり、日本の文化的伝統の創出に決定的な役割を果たし、特に庭園は19世紀以降世界の他の地域において意義深い影響を与えたことなどが評価されたもの。

ドキドキ感いっぱいでついに鳳凰堂へ
小学校の頃来たことがあるんですが、その時は本当に綺麗で輝いていたように思えたのですが、こうしてまざまざと見てみると結構色あせていて昔のイメージとは違う気がしました。
この旅をはじめてからの僕の持論です。
「本物にはオーラが無い」です。
仏像にしても、建物にしても、今までに見てきた国宝にはほとんどオーラが感じられませんでした。
だからこそこの「鳳凰堂」も千年近くにわたってその姿をとどめることができたのではないでしょうか。

平等院
国宝「平等院鳳凰堂 尾廊」


平等院
国宝「平等院鳳凰堂 中堂、両翼廊」



平等院

国宝「平等院鳳凰堂」(びょうどういんほうおうどう)
天喜元(1053)
中堂、両翼廊、尾廊より成る
桁行三間、梁間二間、一重もこし付、入母屋造、本瓦葺
ウィキペディア(Wikipedia)より
天喜元年(1053年)の建立。浄土式庭園の阿字池の中島に東向きに建っています。本尊阿弥陀如来像を安置する中堂(ちゅうどう)、左右の翼廊、中堂背後の尾廊の計4棟が「平等院鳳凰堂」として国宝に指定されています。中堂は入母屋造、裳階(もこし)付き。東側正面中央の扉を開放すると、柱間の格子は本尊の頭部の高さに円窓が開けられており、建物外からも本尊阿弥陀如来の面相が拝せるようになっています。阿弥陀如来の住する極楽浄土は西方にあると信じられており、池の東岸(あるいは寺の前を流れる宇治川の東岸)から、向かい岸(彼岸)の阿弥陀像を拝するように意図されたものだそうです。中堂の屋根上には1対の鳳凰(想像上の鳥)像が据えられているが、現在屋根上にあるのは複製で、実物(国宝)は取り外して別途保管されている。本尊阿弥陀如来像(国宝)は仏師定朝の確証ある唯一の遺作。本尊を安置する須弥壇は螺鈿(らでん)や飾金具で装飾され、周囲の扉や壁は極彩色の絵画で飾られ、天井や柱にも彩色文様が施されていた。長押(なげし)上の壁には楽器を奏で、舞いを舞う姿の供養菩薩像の浮き彫り(現存52体)があり、本尊の頭上には精巧な透かし彫りの天蓋(てんがい)を吊る。現在、壁画は剥落が激しく、柱や天井の装飾は色あせ、須弥壇の螺鈿は脱落しているが、創建当時の堂内は、当時の貴族が思い描いた極楽のイメージを再現した、華麗なものであったと思われる。なお、「鳳凰堂」の呼称は江戸時代からで、当初は「阿弥陀堂」あるいは単に「御堂」と呼ばれていた。日本の10円硬貨には平等院鳳凰堂が、一万円紙幣には鳳凰堂の屋根上に飾られている鳳凰がデザインされています。

しかし鳳凰堂を拝観するのになんと1時間30分待ちという表示がありました。
さすがにこの後の予定もあるので待てないと判断せざるをえませんでした。
耐えがたきを耐え鳳凰堂を後にしました。



昨日に引き続き平等院について
ウィキペディア(Wikipedia)より
平等院(びょうどういん)は、京都府宇治市にある藤原氏ゆかりのお寺です。平安時代後期・11世紀の建築、仏像、絵画、庭園などを今日に伝え、「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。山号を朝日山。宗派は17世紀以来天台宗と浄土宗を兼ね、現在は特定の宗派に属さない単立の仏教寺院となっている。本尊は阿弥陀如来、開基は藤原頼通、開山は明尊です。
京都南郊の宇治の地は、『源氏物語』の「宇治十帖」の舞台であり、平安時代初期から貴族の別荘が営まれていた。現在の平等院の地は、9世紀末頃、光源氏のモデルとも言われる左大臣である嵯峨源氏の源融(みなもとのとおる)が営んだ別荘だったものが宇多天皇に渡り、天皇の孫である源重信を経て長徳4年(998年)、摂政藤原道長の別荘「宇治殿」となったものだそうです。道長は万寿4年(1027年)に没し、その子の関白藤原頼通は永承7年(1052年)、宇治殿を寺院に改めた。これが平等院の始まりです。開山(初代執印)は小野道風の孫にあたり、園城寺長吏を務めた明尊です。創建時の本堂は、鳳凰堂の北方、宇治川の岸辺近くにあり大日如来を本尊としていたが、翌天喜元年(1053年)には、西方極楽浄土をこの世に出現させたような阿弥陀堂(現・鳳凰堂)が建立されました。
浄土式庭園と鳳凰堂平安時代後期、日本では「末法思想」が広く信じられていた。釈尊の入滅(一般で言う「死去」)から2,000年目以降は、仏法がすたれ、天災人災が続き、世の中は乱れるとする思想である。平等院が創建された永承7年(1052年)は、当時の思想ではまさに「末法」の元年に当たっており、当時の貴族は極楽往生を願い、西方極楽浄土の教主とされる阿弥陀如来を祀る仏堂を盛んに造営したそうです。
平安時代後期の京都では、平等院以外にも皇族・貴族による大規模寺院の建設が相次いでいました。藤原道長は寛仁4年(1020年)、無量寿院(のちの法成寺)を建立、また11世紀後半から12世紀にかけては白河天皇勅願の法勝寺を筆頭に、尊勝寺、最勝寺、円勝寺、成勝寺、延勝寺のいわゆる「六勝寺」が今の京都市左京区岡崎あたりに相次いで建立されました。しかし、歴史書に名をとどめるこれらの大伽藍も今は跡形もなく、平安時代の貴族が建立した寺院が建物、仏像、壁画、庭園まで含めて残存するという点で、平等院はかけがえのない存在となっています。


ここで僕の大好きな国宝のご紹介。
建造物
*平等院鳳凰堂 中堂、両翼廊、尾廊の4棟
彫刻
*阿弥陀如来坐像
*雲中供養菩薩像 51躯
*天蓋
その他
*鳳凰1対
*梵鐘
*壁扉画14面
以上


平等院 扇の芝
「扇の芝」


鳳凰堂の周りには「扇の芝」「観音堂」があります。

そして「鳳翔館 (ほうしょうかん)」を見学にいきました。

国宝「梵鐘」(ぼんしょう)1口、「雲中供養菩薩像」(うんちゅうくようぼざつぞう)26躯、「鳳凰」(ほうおう)1対、「鳳凰堂中堂扉画」8幅などが展示されていました。
国宝「梵鐘」は鳳凰堂と同じ11世紀頃の制作と推定されるそうです。全面に天人、獅子、唐草文様などの繊細な浮き彫りを施した、他に例を見ない鐘である。「音の三井寺」、「銘の神護寺」、「姿、形の平等院」と謳われ、神護寺、園城寺(三井寺)の鐘とともに、「天下の三名鐘」に数えられているそうです。(現在鐘楼に架かっているのは複製)
国宝「鳳凰」は鳳凰堂の屋根にあったものです。(今の鳳凰堂の屋根に乗っているのは複製)

「鳳翔館 (ほうしょうかん)」はぜひご覧ください。
お宝満載で値打ちありますよ。

この後の予定を変更してでも「鳳凰堂」を見ようかとも思いましたが、また来ればいいじゃないかと心に言い聞かせて平等院を後にした僕でした。

なんだか消化不良ですが必ずもう一度来ると誓った僕でした。

次の目的地は「平等院」から歩いていける世界遺産「宇治上神社」です。

しかしこの続きは次回ということで。それではまた!でも名残惜しい...。

「平等院」公式ホームページへ

拝観料 大人600円、中・高校生400円、小人300円
      鳳凰堂内拝観料(志納) 300円

駐車場 近くに民間駐車場があります。 700円くらい

時間 8:30~17:30、鳳翔館9:00~17:00、鳳凰堂9:30~16:10(20分ごと、50人定員、当日申し込み)


大きな地図で見る






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2008.3.22 京都府の国宝建造物と彫刻探索の旅  
浄瑠璃寺 海住山寺 蟹満寺 観音寺 平等院1 平等院2 宇治上神社 醍醐寺 法界寺

2010.4.24の平等院探索記その一へ
2010.4.24の平等院探索記その二へ
2010.4.24の平等院探索記その三へ

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亀吉の探索済みの京都府の世界遺産と国宝スポット
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2008.2.24(1)(2)
2009.12.26
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2008.2.24
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2008.2.24
2009.11.8
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2008.3.8
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2008.3.2(1)(2)(3)(4)
2009.12.12(1)(2)(3)(4)
2010.3.13
2010.3.22
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2008.3.2
2010.4.29(1)(2)



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2008.4.12
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