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番外編 西国三十三箇所巡礼 第九番札所 興福寺 南円堂(なんえんどう) の御朱印と地図

まずは興福寺の様子を動画でご覧ください。

動画をご覧になるには画面中央をクリックしてください。


2012.2.26 3週連続で「西国三十三箇所巡礼」に出かけてしまいました。

この日は奈良の「唐招提寺」「薬師寺」そして「興福寺」に行ってきました。

しかし今回は番外編の「西国三十三箇所巡礼」ということなので、「興福寺」についてのみ書きたいと思います。

3週連続行くぐらい気合も乗ってきている僕です。

さらに気合が入る理由に新しいデジカメを購入したということもあります。

はっきり言ってそこまでカメラに詳しくはない僕なんですが、とにかくいつもお寺に行って写真を撮る時にもう少し横に広く撮れるカメラが欲しいとずっと思ってました。

調べてみると「広角レンズ」というのを使えばよりワイドに写真が撮れるということを学びました。

レンズって普通大体35mmが標準なんだそうなんですが、僕は24mmのレンズのカメラを買いました。

数字が小さくなるほど「広角レンズ」なんだそうですよ。

一応僕が調べたところによると現在発売されている「広角レンズ」のコンパクトデジカメでは24mmが一番の数字でした。


FUJI FILM FinePix F FINEPIX F550EXR 」
というカメラです。

広角24mm 1600万画素 15倍ズームです。

このカメラをどうしても試したくてこの日も行っちゃいました。

最初の被写体は是非とも僕の大好きな国宝建造物「唐招提寺金堂」にしようということでまずは「唐招提寺」そしてすぐ近くの「薬師寺」へ。

いっぱい写真を撮りました。

唐招提寺
国宝「唐招提寺金堂」


薬師寺
国宝「薬師寺東塔」


やっぱり広角レンズはワイドに撮れます。

「薬師寺」では国宝「薬師寺東塔」が改修工事のため大きな屋根の下に隠れていました。

屋根がなくなり元の姿が見られるのは完成は平成30年度だそうです。

遠く長い道のりですが僕は待ちます。

「唐招提寺金堂」も10年かかったんですからね。

そしてなにか新しい発見があることを期待します。

そして「興福寺」に。

これもはっきり言ってこのブログをはじめて今までに何回「興福寺」を訪れたことでしょう。

しかしそれは「世界遺産古都奈良の文化財」の一つとしての「興福寺」でありたくさんの国宝建造物や国宝彫刻を保有するお寺としての「興福寺」でした。

でも今回は「西国三十三箇所」の一つとしての「興福寺」のしかも「南円堂」に限定されます。

西国三十三箇所公式サイトでもここ以外は全て山号と寺名表示なのにここだけが「興福寺 南円堂」と表示されています。

つまり「興福寺」というよりも「南円堂」だけということだと思います。

なぜなのかはわかりません。

大変今回は前置きが長かったんですが、「興福寺」に到着です。

「興福寺」へは近鉄奈良駅から徒歩5分もかかるかどうかというところです。

興福寺 地図

パンフレットより


興福寺
「興福寺南円堂」


興福寺

興福寺


ここで「ウィキペディア」の説明文を引用して興福寺について


興福寺(こうふくじ)は、奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である。南都七大寺の一つに数えられる。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った。南円堂は西国三十三箇所第9番札所である。「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。

歴史

創建

藤原鎌足夫人の鏡大王が夫の病気平癒を願い、鎌足発願の釈迦三尊像を本尊として、天智天皇8年(669年)山背国山階(現京都府京都市山科区)に創建した山階寺(やましなでら)が当寺の起源である。壬申の乱のあった天武天皇元年(672年)、山階寺は藤原京に移り、地名の高市郡厩坂をとって厩坂寺(うまやさかでら)と称した。

和銅3年(710年)の平城遷都に際し、鎌足の子不比等は厩坂寺を平城京左京の現在地に移転し「興福寺」と名付けた。この710年が実質的な興福寺の創建年といえる。中金堂の建築は平城遷都後まもなく開始されたものと見られる。

その後も、天皇や皇后、また藤原家によって堂塔が建てられ整備が進められた。不比等が没した養老4年(720年)には「造興福寺仏殿司」という役所が設けられ、元来、藤原氏の私寺である興福寺の造営は国家の手で進められるようになった。

南都北嶺

興福寺は奈良時代には四大寺、平安時代には七大寺の一つに数えられ、特に摂関家藤原北家との関係が深かったために手厚く保護された。平安時代には春日社の実権をもち、大和国一国の荘園のほとんどを領して事実上の同国の国主となった。その勢力の強大さは、比叡山延暦寺とともに「南都北嶺」(なんとほくれい)と称された。寺の周辺には塔頭と称する多くの付属寺院が建てられ、最盛期には百か院以上を数えたが、中でも天禄元年(970年)定昭の創立した一乗院と寛治元年(1087年)隆禅の創立した大乗院は皇族・摂関家の子弟が入寺する門跡寺院として栄えた。

鎌倉・室町時代の武士の時代になっても大和武士と僧兵等を擁し強大な力を持っていたため、幕府は守護を置くことができなかった。よって大和国は実質的に興福寺の支配下にあり続けた。安土桃山時代に至って織豊政権に屈し、文禄4年(1595年)の検地では、春日社興福寺合体の知行として2万1000余石とされた。

平重衡の兵火による焼失

興福寺は、創建以来たびたび火災に見まわれたが、その都度再建を繰り返してきた。中でも治承4年(1180年)、源平合戦の最中に行われた平重衡の南都焼討による被害は甚大で、東大寺とともに大半の伽藍が焼失した。 この時、興福寺再興に奔走したのは焼失直後に別当職に就いた信円と解脱上人貞慶であった。現存の興福寺の建物はすべてこの火災以後のものである。なお仏像をはじめとする寺宝類も多数が焼失したため、現存するものはこの火災以後の鎌倉復興期に制作されたものが多い。興福寺を拠点とした運慶ら慶派仏師の手になる仏像もこの時期に数多く作られている。

江戸時代の享保2年(1717年)の火災の時は、時代背景の変化もあって大規模な復興はなされず、この時焼けた西金堂、講堂、南大門などは再建されなかった。

廃仏毀釈による破壊

江戸時代は21000石の朱印を与えられ保護された興福寺だが、明治元年(1868年)に出された神仏分離令は、全国に廃仏毀釈の嵐を巻き起こし、春日社と一体の信仰が行われていた興福寺は大きな打撃をこうむった。子院はすべて廃止、寺領は没収され、僧は春日社の神職となり、境内は塀が取り払われ、樹木が植えられて、奈良公園の一部となってしまった。一時は廃寺同然となり、五重塔、三重塔さえ売りに出る始末だった(さすがに買い手はつかなかった。この件は廃仏毀釈の行き過ぎぶりを語るときによく引用される)。それにさきがけ、興福寺別当だった一乗院および大乗院の門主は奈良華族として還俗させられていた。

行き過ぎた廃仏政策が反省されだした1881年(明治14年)、ようやく興福寺の再興が許可された。1897年(明治30年)、文化財保護法の前身である「古社寺保存法」が公布されると、興福寺の諸堂塔も修理が行われ、徐々に寺観が整備されて現代に至っている。 しかし、寺に塀が無く公園の中に寺院がある状態、所謂「信仰の動線」が欠落していると称される状態は、この時の名残である。

現在

1998年に世界遺産に登録され、1999年から日本国の史跡整備保存事業として、発掘調査が進められている。
中金堂再建中。南大門再建計画中。




ここで南円堂の御朱印です。

興福寺


そして御詠歌です。

「春の日は  南円堂に  かがやきて  三笠の山に  晴るるうす雲」

そして御本尊は

「不空羂索観世音菩薩」

です。



「南円堂」は「興福寺」の中でも僕が一番注目の低いお堂でした。

というか「興福寺」には4つの国宝建造物と17件の国宝彫刻があります。

「南円堂」は国宝でも無いし、安置されている国宝彫刻は年に1日だけの御開帳ですので普段何度来ても結構スルーしていたお堂なんです。

ですので今回はじめて「南円堂」を中心に「興福寺」を拝観しました。

ここで「南円堂」について


南円堂(重文)は弘仁4年(813年)、藤原北家の藤原冬嗣が父・内麻呂追善のため創建した八角堂。現在の建物は寛政元年(1789年)の再建である。創建時の本尊は、もと興福寺講堂に安置されていた不空羂索観音像であった。この像は天平18年(748年)、その前年に没した藤原房前の追善のため、夫人の牟漏女王、子息の藤原真楯らが造立したものであった。堂は西国三十三箇所の九番札所として参詣人が絶えないが、堂の扉は常時閉ざされており、開扉は10月17日の大般若経転読会という行事の日のみである(2002年秋、2008年秋に特別開扉が行われた)。

木造不空羂索観音坐像(国宝)-運慶の父である康慶一門の作で、文治5年(1189年)に完成。坐像で高さ336センチの巨像である。

木造四天王立像(国宝)-鎌倉時代の作。この四天王像は南円堂本尊の不空羂索観音像と同様、運慶の父・康慶一門の作であると長らく信じられていたが、20世紀後半の研究の進展により、現在中金堂(仮金堂)に安置されている四天王像が、もと南円堂にあった康慶作の像であり、現・南円堂の四天王像は他の堂から移されたものであることが明らかになっている。



興福寺
「納経所」

「納経所」でお目当ての御朱印をいただきました。

興福寺

興福寺

興福寺
「中金堂」完成予想バーチャル画像
パンフレットより


現在「興福寺」では「中金堂」再建中です。

こちらも「薬師寺」の「東塔」と同じく平成30年落慶予定です。

待ち遠しいです。

しかし貴重な文化財を後世に残すためには仕方ありません。

「姫路城」も今は見れませんし、まさに工事ラッシュですね。

それにしても工事のシートとかもなく昔からの伽藍がすべて揃った姿が見たい。

しつこいですね。

まあしかし「南円堂」だけでは話ももちませんのでせっかく買ったデジカメで撮った写真をご覧ください。

興福寺
国宝「興福寺五重塔」


興福寺
国宝「興福寺東金堂」


やっぱり今までのカメラとは違い近くからでもワイドな写真が撮れます。

興福寺


この国宝ツーショットもいつもより大分前から撮ってもちゃんと収まっています。

やっぱり買ってよかったです。

今度京都の国宝「平等院鳳凰堂」を全部真正面から写るかどうか試しに行きたいです。

あるいは「三十三間堂」もどこまで映るか見てみたいです。

というわけで今回はカメラの話が中心になってしまいましたが、「興福寺」の「南円堂」でした。

「世界遺産と国宝探索の旅」ではもっと詳しく「興福寺」について書いていますので過去の記事もどうぞご覧ください。

2008.2.26の興福寺探索記へ

2010.10.23の興福寺探索記へ

これで「西国三十三箇所巡礼の旅」も八箇所と番外一の計九箇所を回ったことになります。

最初とはいえ結構なハイペースで回ってこれました。

これからは自宅からの距離も遠くなるし簡単ではありませんが、できる限りがんばって回っていきたいと思います。

多分次週もどこかへ行きます。

こうご期待。

それではまた!

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