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番外編 西国三十三箇所巡礼 第十八番札所  紫雲山 頂法寺(六角堂) の御朱印と地図

まずは六角堂の様子を動画でご覧ください。

動画を見るには画面真ん中のボタンををクリックしてください。


2012.4.28 京都探索の旅の続きをご紹介します。

といっても今日は6月17日です。

どんだけサボったんでしょうね。

とにかく足早にご紹介を続けていきます。

「六波羅蜜寺」を後にした僕は市バスに乗りとりあえず四条烏丸付近へ。

お昼を食べようと「錦市場」周辺を探索。

結局ラーメンで済ませました。

味は最悪でした。お店の名前は言えませんよね。

残念感たっぷりで次の目的地「第十八番札所  紫雲山 頂法寺(六角堂)」へ歩きだしました。

腹ごなしには十分な距離でした。

ということで「六角堂」に到着です。

六角堂


ここで「六角堂」についてウィキペディアの文を引用します。


頂法寺(ちょうほうじ)は、京都市中京区にある天台宗系単立の仏教寺院。山号は紫雲山。本尊は如意輪観音(秘仏)。西国三十三箇所第十八番札所。本堂が平面六角形であることから、「六角堂」の通称で知られる。華道の家元・池坊の発祥の地としても知られる。

歴史

寺伝によれば、延暦13年(794年)の平安遷都以前の創建で、開基は聖徳太子であるという。『六角堂頂法寺縁起』は次のように伝える。
聖徳太子は、蘇我氏と物部氏との戦いに崇仏派の蘇我氏が勝利した後、報恩のため四天王寺を建立するが、そのための用材を求めてこの地を訪れた。その際、太子は池で水浴をするため、傍らの木に衣服とともに持仏の如意輪観音像を収めた箱を掛けておいたところ、如意輪観音像は重くなり動かなくなってしまった。夢告によりその観音がこの地にとどまり衆生を済度することを希望したので、その観音像を現在地に安置し、近くにあった杉の巨木を伐採して六角形の堂を建立したのがこの寺の始まりという。観音像は、太子の幼少時、淡路の海で水浴している時に隋から流れついたもので、像高一寸八分、太子の前世の守り本尊であったものと伝承する。
『元亨釈書』によれば、平安京造営の際、六角堂が建設予定の街路の中央にあたり邪魔なため取り壊されそうになったが、その時黒雲が現れ、堂は自ら北方へ約5丈(約15メートル)動いたという。

昭和51年(1976年)に、平安時代中期創建説が出されている。

六角堂が史料に現れるのは11世紀初めからである。藤原道長の日記『御堂関白記』寛仁元年(1017年)3月21日条に、「六角小路」という地名が見えるのが早い例である。他にも『小右記』(藤原実資の日記)などに六角堂の名が見え、平安時代には、既に太子信仰と如意輪観音の霊験で知られ、貴賎男女の参篭が続き、洛陽七観音の一つとして栄えていた。

鎌倉時代初期の建仁元年(1201年)、叡山の堂僧であった29歳の範宴(はんねん、のちの親鸞)が、この六角堂に百日間参籠し、95日目の暁の夢中に聖徳太子の四句の偈文を得て、浄土宗の宗祖とされる法然の専修念仏に帰依したとされる。

室町時代の寛正2年(1461年)山城大飢饉のとき、8代将軍足利義政は、この堂の前に救済小屋を建て、時宗の僧願阿に命じて、洛中に流入した貧窮者に対し、粥施行(かゆせぎょう)を行なわせた。寺地が下京の中心であったことから、特に応仁の乱の後からこの寺は町堂として町衆の生活文化や自治活動の中核となる役割を果たした。下京に危機がせまると、この寺の早鐘が鳴らされたりもしている。また、京都に乱入する土一揆や天文法華の乱などでは出陣する軍勢の集合場所となったり、あるいは下京町組代表の集会所になったりしている。

近世には、「京都御役所向大概覚書」によると、朱印寺領1石と記されており、寺内に多聞院、不動院、住心院、愛染院などがあったが現存しない。観音霊場の寺として庶民の信仰を集め、近世に門前町が発展し、そこには巡礼者のための宿屋が数多く建ち並び、洛中では有数の旅宿町として発展した。

天治2年(1125年)の火災をはじめ、江戸時代末までの間に確認できるだけで18回の災害にあったが、庶民の信仰を集める寺であり、また町組の中核となる寺としてその都度復興されてきた。現在の本堂は、明治10年(1877年)に再建されたものである。

この寺の本堂である六角堂は寺内塔頭(たっちゅう)で、頂法寺の本坊にあたる池坊(いけのぼう)が執行として代々経営・管理に当たってきた。池坊の名は、聖徳太子が水浴したという池(又は井戸)にちなんでなづけられたものである。

池坊の僧は、頂法寺の住持として本尊の如意輪観音に花を供えることとなっており、花の生け方に別格の妙技を見せることで評判となっていたことが15世紀の記録に残されている。文明年間(1469年-1486年)に池坊12世専慶が立花(たてばな)の名手として知られ、ここから池坊としての立花が生じ、天文年間(1532年-1555年)には、池坊13世専応が度々宮中に招かれて花を立て、また「池坊専応口伝」を表して立花の理論と技術を初めて総合的に体系化した。



さてここで六波羅蜜寺の御朱印です。


六角堂


そして御詠歌です

「わが思う  心のうちは  六の角  ただ円かれと  祈るなりけり」

そしてご本尊は

「如意輪観世音菩薩」

です。



とにかくこの「頂法寺」というお寺は京都の街中も街中、ビルとビルの間にあります。

境内はさすがに小さめです。

建物も「六角堂」とあとは小さいお堂がちょろっとあるだけです。

もう当たり前になってきてますが、御本尊は「秘仏」です。

ここで御本尊「如意輪観世音菩薩」について


六角堂の本尊・如意輪観音像は古来厳重な秘仏とされている。西国三十三所に関する信頼できる史料として最古のものである『寺門高僧記』所収の行尊(園城寺の僧)の巡礼記(11世紀末頃)によれば、六角堂の本尊は「金銅三寸」の如意輪観音像とされている。鎌倉時代成立の天台系の仏教図像集である『阿娑縛抄』(あさばしょう)には、六角堂の本尊は、石山寺の本尊と同様の「二臂」の如意輪観音とされている。しかし、秘仏本尊の厨子の手前に安置される「お前立ち像」は六臂像であり、寺の納経所で配布している本尊御影も六臂像である。秘仏本尊は内陣中央の三重の厨子内に安置されており、指定文化財でないため、制作年代等の詳細は不明である。

2008年が西国巡礼の中興者とされる花山法皇の一千年忌にあたることから、2008年から2010年にかけて、西国三十三所の全札所寺院にて札所本尊の「結縁開帳」が行われることとなった。六角堂本尊の如意輪観音像は2008年11月8日 - 2009年1月5日、及び、2009年3月3日 - 4月12日の2度にわたり開扉されたが、これは前回開扉(1872年)以来136年ぶりの公開であった。



僕が生きてるうちに次の御開帳はあるでしょうか。

さて本堂「六角堂」ですが、正面から見た目には「なんで六角堂?」と聞きたくなるような普通のお堂に見えるんですが、横から見れば納得できます。

六角堂
「六角堂」


六角堂


六角堂


「六角堂」で手を合わせ、お目当ての御朱印もいただきお寺を後にした僕でした。

やはり国宝好きの僕にはイマイチ心惹かれるところは少ないお寺です。

最後に写真をどうぞ。

六角堂


六角堂


この日の巡礼はあと1箇所「革堂」です。

なるべく早く更新します。

それではまた。

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京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町248 TEL 075-221-2686


アクセス;京都市営地下鉄「烏丸御池」駅5番出口から徒歩3分
阪急京都線「烏丸」駅21番出口から徒歩5分


拝観時間 6:00~17:00(納経時間 8:00~17:00)

拝観料 境内自由










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