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番外編 西国三十三箇所巡礼 第十三番札所  石光山 石山寺(いしやまでら)の御朱印と地図

まずは「石山寺」の動画をご覧ください。


2014.10.24 滋賀に国宝探索に行きました。

前回の園城寺(三井寺)に続いては、石山寺です。

ここももう4回目ぐらいになるでしょうか。何度来ても素晴らしいお寺です。

今回は「番外編」としてこのブログでご紹介している「西国三十三箇所巡礼」の十三番札所としての石山寺をご紹介したいと思います。

とにかく「御朱印」をいただくことが重要で、もうすでに参拝したことのあるお寺ももう一度参拝して「御朱印」をいただいています。



石山寺について
ウィキペディア(Wikipedia)より
石山寺(いしやまでら)は、滋賀県大津市石山寺1丁目にある東寺真言宗のお寺です。
本尊は如意輪観音、開基は良弁(ろうべん)です。
石山寺は、京都の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ、日本でも有数の観音霊場で、西国三十三箇所観音霊場第13番札所となっています。
石山寺は、琵琶湖の南端近くに位置し、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川の右岸にある。本堂は国指定天然記念物の珪灰石(「石山寺硅灰石」)という巨大な岩盤の上に建ち、これが寺名の由来ともなっています(石山寺珪灰石は日本の地質百選に選定)。
「石山寺縁起」によれば、聖武天皇の発願により、天平19年(747年)、良弁(ろうべん、東大寺開山・別当)が聖徳太子の念持仏であった如意輪観音をこの地に祀ったのがはじまりとされています。聖武天皇は東大寺大仏の造立にあたり、像の表面に鍍金(金メッキ)を施すために大量の黄金を必要としていました。そこで良弁に命じて、黄金が得られるよう、吉野の金峯山(きんぷせん)に祈らせた。金峯山はその名の通り、「金の山」と信じられていたようである。そうしたところ、良弁の夢に吉野の金剛蔵王(蔵王権現)が現われ、こう告げた。「金峯山の黄金は、(56億7千万年後に)弥勒菩薩がこの世に現われた時に地を黄金で覆うために用いるものである(だから大仏鍍金のために使うことはできない)。近江国志賀郡の湖水の南に観音菩薩の現われたまう土地がある。そこへ行って祈るがよい」。夢のお告げにしたがって石山の地を訪れた良弁は、比良明神の化身である老人に導かれ、巨大な岩の上に聖徳太子念持仏の6寸の金銅如意輪観音像を安置し、草庵を建てた。その2年後、実際に陸奥国から黄金が産出され、元号を天平勝宝と改めた。こうして良弁の修法は無事に効果を現わしたわけだが、如意輪観音像がどうしたわけか岩山から離れなくなってしまいました。やむなく、如意輪観音像を覆うように堂を建てたのが石山寺の草創といいます。
その後、天平宝字5年(761年)から造石山寺所という役所のもとで堂宇の拡張、伽藍の整備が行われました。正倉院文書(もんじょ)によれば、造東大寺司(東大寺造営のための役所)からも仏師などの職員が派遣されたことが知られ、石山寺の造営は国家的事業として進められていました。これには、淳仁天皇と孝謙上皇が造営した保良宮(ほらのみや)が石山寺の近くにあったことも関係していると言われます。本尊の塑造如意輪観音像と脇侍の金剛蔵王像、執金剛神(しゅこんごうしん)像は、天平宝字5年(761年)から翌年にかけて制作され、本尊の胎内に聖徳太子念持仏の6寸如意輪観音像を納めたといいます。
以降、平安時代前期にかけての寺史はあまりはっきりしていないが、寺伝によれば、聖宝(しょうぼう)、観賢などの当時高名な僧が座主(ざす、「住職」とほぼ同義)として入寺している。聖宝と観賢はいずれも醍醐寺関係の僧である。石山寺と醍醐寺は地理的にも近く、この頃から石山寺の密教化が進んだものと思われます。
石山寺の中興の祖と言われるのが、菅原道真の孫の第3世座主・淳祐内供(しゅんにゅうないく、890-953)です。内供とは内供奉十禅師(ないくぶじゅうぜんじ)の略称で、天皇の傍にいて、常に玉体を加持する僧の称号で、高僧でありながら、諸職を固辞していた淳祐がこの内供を称され、「石山内供」「普賢院内供」とも呼ばれています。その理由は淳祐は体が不自由で、正式の坐法で坐ることができなかったことから、学業に精励し、膨大な著述を残しています。彼の自筆本は今も石山寺に多数残存し、「匂いの聖教(においのしょうぎょう)」と呼ばれ、一括して国宝に指定されています。このころ、石山詣が宮廷の官女の間で盛んとなり、「蜻蛉日記」や「更級日記」にも描写されています。
現在の本堂は永長元年(1096年)の再建。東大門、多宝塔は鎌倉時代初期、源頼朝の寄進により建てられたものとされ、この頃には現在見るような寺観が整ったと思われる。石山寺は兵火に遭わなかったため、建造物、仏像、経典、文書などの貴重な文化財を多数伝存しています。

ここで僕の大好きな国宝のご紹介。
建造物
*本堂
*多宝塔

その他
*漢書 高帝紀下、列伝第四残巻 
*史記 巻第九十六、九十七残巻 
*玉篇(ぎょくへん)巻第廿七
*春秋経伝集解(しゅんじゅうけいでんしっかい)巻第廿六残巻 
*春秋経伝集解 巻第廿九残巻
*釈摩訶衍論(しゃくまかえんろん)
淳祐内供筆聖教(しゅんにゅうないくひつしょうぎょう)73巻1帖(1961年の国宝指定時には「60巻1帖」だったが、寺内で新たに発見された13巻が2002年に追加指定されている)
*延暦交替式 *越中国官倉納穀交替記残巻 
*周防国玖珂郡玖珂郷延喜八年戸籍残巻
以上



ここで石山寺の御朱印です

石山寺


そして御詠歌です

後の世を 願うこころは かろくとも ほとけの誓い おもき石山

そして御本尊は

「如意輪観世音菩薩」

です



ここ石山寺も前回の園城寺(三井寺)と共に滋賀県では大好きなお寺です。

歴史もあり、建造物も素晴らしいし、何よりも風情があります。

石山寺
「東大門」


石山寺

石山寺

石山寺

石山寺

東大門をくぐり参道を行き右手に石段を登ると堂塔が建ち並びます。

石山寺
「毘沙門堂」
石山寺
「御影堂」(開山堂)
石山寺
「蓮如堂」


蓮如堂の奥に国宝「石山寺本堂」が建っています。
石山寺

石山寺
国宝「石山寺本堂」

国宝「石山寺本堂」
正堂(しょうどう)、合の間、礼堂(らいどう)からなる複合建築である。構造的には正面7間、奥行4間(「間」は長さの単位ではなく、柱間の数を示す建築用語)の正堂と、正面9間、奥行4間の礼堂という2つの寄棟造建物の間を、奥行1間の「合の間」でつないだ形になり、平面は凸字形になる。正堂は承暦2年(1078年)の火災焼失後、永長元年(1096年)に再建されたもので、滋賀県下最古の建築である。内陣には本尊如意輪観音を安置する巨大な厨子がある。合の間と礼堂は淀殿の寄進で慶長7年(1602)に建立されたものである。合の間の東端は「紫式部源氏の間」と称され、執筆中の紫式部の像が安置されている。礼堂は傾斜地に建ち、正面は長い柱を多数立てて床を支える懸造(かけづくり)となっている。懸造の本堂は、清水寺、長谷寺など、観音を祀る寺院に多い。

石山寺
石山寺

御朱印は本堂でいただけます。

石山寺
珪灰石(「石山寺硅灰石」)


本堂からさらに登ると国宝「石山寺多宝塔」が建っています。

石山寺

石山寺
国宝「石山寺多宝塔」

国宝「石山寺多宝塔」
建久5年(1194)建立で、年代の明らかなものとしては日本最古の多宝塔である。内部には快慶作の大日如来像を安置する。

どうですか?日本最古の多宝塔です。
僕が今まで見た多宝塔の中で一番好みの形をした多宝塔です。
いつまでも見ていられる素晴らしいデザインだと思います。
まだまだ石山寺は魅力たっぷりのお寺ですよ。
たくさんの花が咲き乱れ、庭園も綺麗に整備されています。

石山寺
「経蔵」
石山寺
「鐘楼」


石山寺と園城寺(三井寺)はそれほど離れてはいないのでぜひ両方行ってみることをおすすめします。

このあと日吉大社へと向かいました。

この続きは次回にしたいと思います。

それではまた!

拝観料 大人500円 小人250円

駐車場 あります 有料140台

時間 8:00~16:30

交通アクセス
京阪電気鉄道石山坂本線「石山寺」駅より徒歩10分
JR西日本琵琶湖線「石山」駅より京阪バス「石山寺山門前」下車
名神瀬田東IC・瀬田西ICより車5分 














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