スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

彦根城(ひこねじょう)の国宝と地図

まずは「彦根城」の写真をスライドショーでご覧いただけますよ。




2008.4.6 滋賀県の国宝建造物と彫刻探索の旅を引き続きご紹介していきたいと思います。

「苗村神社」を後にした僕は、国道8号線を北に向かいひた走りました。
午前8時過ぎに、次の目的地でもあり本日のメイン「彦根城」に到着しました。
朝早くからたくさんの人が訪れていました。

気合を入れて早速彦根城の探索開始です。

とにかく「桜」が大変美しく咲き乱れていて最高の日に訪れられて感激です。

彦根城 大手門
「大手門」


まずは「大手門」側から探索を開始しました。
「大手門」から坂を登っていくとまず最初に目に入ってくるのが「天秤櫓」です。
彦根城 天秤櫓と廊下橋
「天秤櫓と廊下橋」

正面から見ると「天秤」みたいに見えるので天秤櫓なんでしょうか?
みなさんも多分時代劇でこの写真の風景を何回も見ているのではないでしょうか。
天秤櫓は長浜城から移築したといわれているそうです。

天秤櫓をくぐりさらに上へと足を進めると今度は「太鼓門櫓」が待っています。
彦根城 太鼓門櫓
「太鼓門櫓」

「太鼓門櫓」をくぐり階段を登った所にお目当ての国宝がお待ちかねです。





彦根城について
彦根城(ひこねじょう)は、滋賀県彦根市金亀町にあるお城です。
日本に現存する12ヶ所の天守を持つ城郭の一つです。
さらにその中でも、国宝にしていされているのは、この彦根城、姫路城、松本城、犬山城の4ヶ所しかない貴重なお城なのです。
近世にあたる江戸時代に滋賀県彦根市金亀町にある彦根山に、鎮西を担う井伊氏の拠点として置かれた平山城です。山は「金亀山」との異名を持つため、城は金亀城(こんきじょう)ともいいます。多くの大老を輩出した譜代大名である井伊氏14代の居城でした。

明治初期の廃城令に伴う破却を免れ国宝の天守、附櫓(つけやぐら)および多聞櫓(たもんやぐら)のほか、安土桃山時代から江戸時代の櫓・門など5棟が現存し、国の重要文化財に指定されています。中でも馬屋は重要文化財指定物件として全国的に稀少であり、国の特別史跡に指定されています。一説では、大隈重信の上奏により1878年(明治11年)に建物が保存されることとなったのだということです。

歴史・沿革
江戸時代
天秤櫓と廊下橋徳川四天王の一人・井伊直政は、1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いの後、その軍功により18万石にて近江国北東部に封ぜられ、西軍指揮官・石田三成の居城であった佐和山城に入城しました。 佐和山城は石田三成が改築した後は「三成に過ぎたるもの…」の一つともいわれましたが、直政は、中世的な古い縄張りや三成の居城であったことを嫌い、湖岸に近い磯山(現在の米原市磯)に居城を移すことを計画していましたが、関ヶ原の戦いでの戦傷が癒えず、1602年(慶長7年)に死去しました。 その後直継が家督を継いだが、幼少であったため、直政の遺臣である家老の木俣守勝が徳川家康と相談して彼の遺志を継ぎ、1603年(慶長8年)琵琶湖に浮かぶ彦根山(金亀山、現在の彦根城の場所)に彦根城の築城を開始しました。

築城には公儀御奉行3名が付けられ、尾張藩や越前藩など7か国12大名(15大名とも)が手伝いを命じられる天下普請でした。1606年(慶長11年)2期までの工事が完了し、同年の天守完成と同じ頃に直継が入城しました。1616年(元和2年)彦根藩のみの手により第3期工事が開始されました。この時に御殿が建造され、1622年(元和8年)すべての工事が完了し、彦根城が完成しました。その後、井伊氏は加増を重ね、1633年(寛永10年)には徳川幕府下の譜代大名の中では最高となる35万石を得るに至りました。 なお、筆頭家老・木俣家は1万石を領していますが、陣屋を持たなかったため、月20日は西の丸三重櫓で執務を行っていました。これは、徳川統治下の太平の世においては、城郭というものがすでに軍事施設としての役目を終えて、その存在理由が、権勢の象徴物へと変じたためであり、徳川幕府の西国への重要な備えとしての役割を担う彦根城も、彦根藩の各組織の管轄で天守以下倉庫等として徳川時代の大半を過ごしました。

1854年(安政元年)に天秤櫓の大修理が行われ、その際、石垣の半分が積み直されました。 向かって右手が築城当初からの「ごぼう積み」、左手が新たに積み直された「落し積み」の石垣です。

幕末における幕府の大老を務めた井伊直弼は、藩主となるまでをこの城下で過ごしている。直弼が青春時代を過ごした屋敷は「埋木舎(うもれぎのや)」として現存しています。


ここで僕の大好きな国宝のご紹介。
建造物
*天守
*附櫓及び多聞櫓(1棟)
以上


「太鼓門櫓」をくぐると国宝「天守」が建っていました。
彦根城 天守
国宝「彦根城天守」

国宝「彦根城天守」(ひこねじょうてんしゅ)
慶長11(1606)
天守 三重三階、地下階段室・玄関付、本瓦葺
城の形式は連郭式平山城。また、現存例の少ない倭城築城の技法である「登り石垣」が良好な形で保存されています。彦根城の建築物には、大津城からの天守を始め、佐和山城から佐和口多門櫓(非現存)と太鼓櫓門、小谷城から西ノ丸三重櫓、観音寺城からや、どこのものかは不明とされているが太鼓門、などの移築伝承が多くあります。 建物や石材の移築転用はコスト削減と工期短縮のために行われたもので、名古屋城や岡山城や姫路城、福岡城など多くの城に同様の伝承が伝わっています。

以前行った「姫路城」と比べれば大変かわいい天守なんですが、こちらはこちらで400年もの間その姿を留めているというだけでも素晴らしい建物だと思います。

彦根城 附櫓及び多聞櫓
国宝「附櫓及び多聞櫓」

国宝「附櫓及び多聞櫓」(つけやぐらおよびたもんやぐら)
慶長11(1606)
附櫓及び多聞櫓 各一重櫓、本瓦葺
多分これが国宝「附櫓及び多聞櫓」なんだと思うんですけど違いますか?天守にくっ付いている櫓です。だから附櫓?

とにかく天守内を見学にいきました。

姫路城もそうだったんですがなんせ階段が急で落ちそうになるぐらいの角度でした。
敵に攻められないためのものなのでしょうか?お年寄りにはきついです。

十分に天守を満喫した僕でした。歴代井伊家の当主が見ていた風景なんだと思うとやっぱりなにかを感じます。

その後もいろんな角度から天守を眺めて見ました。
お寺や神社もいいですけど、やっぱり「現存天守」「国宝」となると心がわくわくしてならない僕なのでした。単純にかっこいいお城です。

悔いのないぐらい天守を見た後、西の丸へと足を進めて見ました。
彦根城 西の丸三重櫓
「西の丸三重櫓」

西の丸の桜も大変綺麗でした。
そして西の丸には「西の丸三重櫓」が建っています。
三重の櫓はめずらしいそうですよ。
この櫓の中ははいることができました。けっこう中は広かったです。

西の丸を後にした僕は、城を下へと降りていきました。
黒門から外へ出て「玄宮園」を探索してみました。
「玄宮園」も素晴らしい庭園でしたよ。

さらにお堀沿いに歩き「表門」から「彦根城博物館」も見学しておきました。
こちらには貴重な資料のほか江戸時代の能舞台や武家屋敷など大変勉強になりました。

あと「二の丸佐和口多聞櫓」や「馬屋」など探索スポット目白押しでした。

もっとじっくり見学しようとすれば、十分一日かかるなあと思いながらもこの後も予定がぎっしりなのでここは「もう一度必ず来る」と誓って彦根城を後にすることにしました。

お堀の中には「屋形船」も遊覧していました。今度は乗ります。

とにかく魅力いっぱいの彦根城だったことだけはまちがいありません。

そしてこの素晴らしいお城が永遠に輝き続けることを願います。

以上が「彦根城」の探索日記です。

滋賀探索の旅はまだまだ続きます。

次の目的地は「西明寺」です。

しかしこの続きは次回ということで。

それではまた!

「彦根観光協会」公式ホームページへ

入場料 大人600円、小人200円 博物館とセット券 大人1000円、小人350円(玄宮園と共通)

駐車場 あります (有料) 1日400円

時間 8:30~17:00(天守は~17:30)







じゃらんnetで滋賀の宿をチェックする


滋賀県の国宝建造物と彫刻探索の旅 2008.4.6 御上神社へ 大笹原神社へ 苗村神社へ 彦根城へ 西明寺へ 金剛輪寺へ 善水寺へ 常楽寺へ 長寿寺へ

★世界遺産と国宝探索記目次へ>>>


スポンサーサイト
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

コメント

コメントの投稿

非公開コメント


トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プラダ トート
世界遺産と国宝の旅の地図 in関西 彦根城(ひこねじょう)の国宝と地図
(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
亀吉の探索済みの京都府の世界遺産と国宝スポット
亀吉の探索済みの奈良県の世界遺産と国宝スポット
奈良県には国宝建造物64件国宝彫刻70件があります 
奈良のお寺・神社一覧(178件)

奈良公園周辺

興福寺
2008.2.24
2009.12.26
2010.10.23

東大寺
2008.2.24(1)(2)
2009.12.26
2010.4.11
2010.12.16
2011.3.4
2011.4.9
2011.8.15
2012.1.14

正倉院

春日大社
2008.2.24
2010.12.16
2011.8.15

元興寺
2008.2.24
2012.1.14

平城宮跡
2009.12.26
2010.5.1

春日山原始林

平城京左京三条二坊宮跡庭園

新薬師寺

十輪院
2008.3.8
2012.1.14

奈良国立博物館
2009.12.26
2010.10.23



奈良南西部及び西の京
佐保、佐紀路辺り


薬師寺
2008.2.24
2010.10.23
2011.3.19

唐招提寺
2008.2.24
2009.11.8
2010.6.5(1)(2)

秋篠寺

般若寺

法華寺
2008.3.8
2010.3.22

海龍王寺


旧柳生街道

円成寺


天理市

石上神宮


奈良市西部

長弓寺

霊山寺


斑鳩の里

法隆寺 
2008.3.2(1)(2)(3)(4)
2009.12.12(1)(2)(3)(4)
2010.3.13
2010.3.22
2010.4.11

法起寺

中宮寺


葛城市

当麻寺
2008.3.2
2010.4.29(1)(2)



飛鳥 桜井

岡寺

聖林寺

長谷寺
2008.3.2
2011.4.29

安倍文殊院new


宇陀市

室生寺

宇太水分神社


五條市

栄山寺


吉野

金峯山寺
2008.3.16
2010.10.16

吉野水分神社

赤字は世界遺産
亀吉の探索済みの滋賀県の世界遺産と国宝スポット
滋賀県には国宝建造物22件国宝彫刻4件があります


大津市

石山寺

園城寺 
2008.4.12
2010.8.7
2011.10.29

日吉大社

延暦寺


野洲市

御上神社

大笹原神社


蒲生郡

苗村神社


彦根市

彦根城


長浜市

渡岸寺(向源寺)

竹生島 宝厳寺と都久夫須麻神社


犬上郡

西明寺


愛知郡

金剛輪寺


湖南市

善水寺

常楽寺

長寿寺

赤字は世界遺産
亀吉の探索済みの和歌山県の世界遺産と国宝スポット
和歌山県には国宝建造物7件国宝彫刻5件があります


高野山

金剛峰寺
2008.5.4(1)(2)
2011.10.20(1)(2)(3)(4)(5)

金剛三昧院
2008.5.4
2011.10.20

慈尊院と丹生官省符神社と丹生都比売神社
2008.5.4
2011.10.20


岩出市

根来寺


海南市

善福院

長保寺


日高郡

道成寺

赤字は世界遺産

亀吉の探索済みの兵庫県の世界遺産と国宝スポット
兵庫県には国宝建造物11件国宝彫刻1件があります

姫路市

姫路城


神戸市

太山寺
加古川市

鶴林寺
小野市

浄土寺
加西市

一乗寺
加東市

朝光寺

赤字は世界遺産
亀吉の探索済みの大阪府の国宝スポット
大阪府には国宝建造物5件国宝彫刻4件があります


大阪市

住吉大社
2008.3.22
2011.10.1


藤井寺市

葛井寺
2008.3.30
2010.4.18

道明寺
2008.3.30
2010.4.18


河内長野市

観心寺
2008.3.30
2010.4.18


堺市

桜井神社


貝塚市

孝恩寺


泉佐野市

慈眼院


交野市

獅子窟寺


サイドバー2下の追尾スペース
ここに追尾させたいものを記載します。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。