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蓮華王院(れんげおういん)(三十三間堂)の国宝と地図

まずは「蓮華王院」三十三間堂の動画をご覧ください。




2009.8.14に京都へ旅した時の様子をご紹介していきたいと思います。
実に2008.4.12以来一年四ヶ月ぶりの京都になります。
今回の旅には、このブログを立ち上げて以来初めて、奥さんとともにの旅になりました。
今回の旅で行った所は、「蓮華王院(三十三間堂)」「六波羅蜜寺」「東福寺」「法性寺」「西本願寺」「東寺」です。
題して2009.8.14 京都の世界遺産と国宝探索の旅と銘打ってご紹介していきたいと思います。
そして今回は、初めて電車とバスを使っての旅となりました。
前回の旅で京都はバスで回ったほうが時間も経費も掛からないということを学んだからです。

それではまず「蓮華王院(三十三間堂)」からご紹介していきたいと思います。

近鉄電車で京都駅に着いた僕たちは京都市バスの乗り場へ。
まず調べておいてよかった「一日乗車券」を購入。
この券は同一区間内(220円で回れる範囲)だったら一日何回乗っても500円でいけるというすばらしい券です。
この日、僕は合計8回乗ったので1760円が500円でいけたということになります。
ぜひこの券は買ってください。おすすめです。
3回以上乗ったら元が取れるんですから...。

さてこの市バスに乗ってものの十分もかかったでしょうか、「博物館三十三間堂」というバス亭に着きました。
いよいよ三十三間堂です。
小学校以来です。奥さんもそう言ってました。
京都の国宝建造物の中でも絶対行きたかった所です。
だから真っ先にこの三十三間堂に来ました。

バス亭を降りるとすぐに三十三間堂はありました。
拝観料を払っていざ境内へ。
三十三間堂
パンフレットより





蓮華王院(三十三間堂)について
ウィキペディア(Wikipedia)より
三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)は京都市東山区にある仏堂です。建物の正式名称は蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)です。同じ京都市東山区にある天台宗妙法院の境外仏堂であり、同院が所有・管理しているそうです。元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂で、本尊は千手観音です。
この地には、もともと後白河上皇が離宮として建てた法住寺殿があった。その広大な法住寺殿の一画に建てられたのが蓮華王院本堂、今に言う三十三間堂である。

上皇が平清盛に建立の資材協力を命じて旧暦の長寛2年12月17日(西暦1165年1月30日)に完成したという。創建当時は五重塔なども建つ本格的な寺院であったが、建長元年(1249年)の火災で焼失した。文永3年(1266年)に本堂のみが再建されている。現在「三十三間堂」と称される堂がそれであり、当時は朱塗りの外装で、内装も極彩色で飾られていたといいます。建築様式は和様に属します。
「三十三間堂」の名称は、間面記法による表記「三十三間四面」に由来するそうです。「33」は観音に縁のある数字で、『法華経』等に観音菩薩が33種の姿に変じて衆生を救うと説かれることによります。
江戸時代には各藩の弓術家により本堂西軒下(長さ約121m)で矢を射る「通し矢」の舞台となりました。その伝統に因み、現在は「楊枝のお加持」大法要と同日(1月中旬)に、本堂西側の射程60mの特設射場で矢を射る「三十三間堂大的全国大会」が行われます。弓道をたしなむ女性新成人参加者が振袖袴姿で行射する場面は、しばしばニュース番組等で取り上げられます。一般的には「通し矢」と呼ばれていますが、60mは弓道競技の「遠的」の射程であり、かつての通し矢とは似て非なるものであるそうです。
三十三間堂について次のような伝承がある。後白河上皇は長年頭痛に悩まされていた。熊野参詣の折にその旨を祈願すると、熊野権現から「洛陽因幡堂の薬師如来に祈れ」とお告げがあった。そこで因幡堂に参詣すると、上皇の夢に僧が現れ「上皇の前世は熊野の蓮花坊という僧侶で、仏道修行の功徳によって天皇に生まれ変わった。しかし、その蓮華坊の髑髏が岩田川の底に沈んでいて、その目穴から柳が生え、風が吹くと髑髏が動くので上皇の頭が痛むのである」と告げました。上皇が岩田川(現在の富田川)を調べさせるとお告げの通りであったので、三十三間堂の千手観音の中に髑髏を納め、柳の木を梁に使ったところ、上皇の頭痛は治ったといいます。「蓮華王院」という名前は前世の蓮華坊の名から取ったものであるといいます。この伝承により「頭痛封じの寺」として崇敬を受けるようになり、「頭痛山平癒寺」と俗称されました。

ここで僕の大好きな国宝のご紹介

建造物
*本堂
彫刻
*千手観音坐像(附:木造天蓋)
*風神・雷神像
*二十八部衆立像

以上

境内へ入るといきなり三十三間堂はその姿を現しました。
2009.8.14 三十三間堂>


三十三間堂


三十三間堂
国宝「蓮華王院本堂」

国宝「蓮華王院本堂」(れんげおういんほんどう)
文永3(1112)
桁行三十五間、梁間五間、一重、切妻造、向拝七間、本瓦葺
ウィキペディア(Wikipedia)より
三十三間堂の名称は、本堂が間面記法で「三十三間四面」となることに由来します。これは桁行三十三間の周囲四面に一間の庇を巡らせたという意味です。つまり柱間が33あるのは本堂の内陣(母屋)で、建物外部から見る柱間は35あります。
ここで言う「間」(けん)は長さの単位ではなく、社寺建築の柱間の数を表す建築用語です。三十三間堂の柱間は一定ではなくその柱間も今日柱間として使われる京間・中京間・田舎間のどれにも該当しません。「三十三間堂の1間(柱間)は今日の2間(12尺)に相当する」として堂の全長は33×2×1.818で約120m、と説明されることがあるが、これは柱間長についても、柱間数についても誤りである(ただし実際の外縁小口間の長さ約121mとほとんど一致する)。

感動です。
昔見たときの記憶なんかよりはるかになが~い本堂でした。
1枚の写真に収めきることができません。
いったい瓦何枚使ってるの?とかこんなになが~い建物途中で折れたりしないの?とか素朴な疑問が頭をよぎりました。
素晴らしすぎます。それしか言いようがないです。
こんなになが~い本堂他にあるんでしょうか?国宝建造物では多分最長でしょう?
120mあるそうですよ。
このすごさは肉眼で見ないと絶対体感できませんよ。ぜひ一度お越しください。
僕の一押しの国宝建造物です。

一通りこの素晴らしい建物を拝見した僕たちは本堂の中を拝観しに行きました。
さらにこの中で感動が待っていました。
本堂に入ったとたん数え切れないほどの仏様が所狭しと並んでおられました。
言葉にできない感動です。表現できません。想像以上とはこのことでしょう。
東大寺「法華堂」に入った時以来の感動です。
東大寺「法華堂」とはまったく違う雰囲気の感動です。
心が洗われます。来てよかった。感謝。
本堂の中心に本尊国宝「千手観音坐像」(附:木造天蓋)が鎮座されています。
三十三間堂
国宝「千手観音坐像」(せんじゅかんのんざぞう)
ウィキペディア(Wikipedia)の写真より


そして最前列左右の隅にに国宝「風神・雷神像」(ふうじん・らいじんぞう)そしてずら~っと国宝「二十八部衆立像」(にじゅうはちぶしゅうりゅうぞう)がならんでいます。
そしてその後ろに重要文化財千手観音立像(1,001躯)が所狭しと並んでおられます。
国宝「二十八部衆立像」を紹介しておきましょう
*那羅延堅固 ならえんけんご
*大弁功徳天 だいべんくどくてん
*緊那羅王 きんならおう
*金色孔雀王 こんじきくじゃくおう
*大梵天 だいぼんてん
*乾闥婆王 けんだつばおう
*満善車王 まんぜんしゃおう
*沙羯羅竜王 しゃがらりゅうおう
*金大王 こんだいおう
*金毘羅王 こんぴらおう
*五部浄居天 ごぶじょうごてん
*神母天 じんもてん
*東方天 とうほうてん
*毘楼勒叉天 びるろくしゃてん
*毘楼博叉天 びるばくしゃてん
*毘沙門天 びしゃもんてん
*迦楼羅王 かるらおう
*摩和羅女 まわらにょ
*難陀竜王 なんだりゅうおう
*婆藪仙人 ばすせんにん
*摩醯首羅王 まけいしゅらおう
*畢婆迦羅王 ひばからおう(びばから、ひっぱから)
*阿修羅王 あしゅらおう
*帝釈天 たいしゃくてん
*散脂大将 さんじたいしょう
*満仙王 まんせんおう
*摩序H羅伽王 まごらかおう
*密迹金剛 みっしゃくこんごう(みっしゃこんごう)
以上です。

千手観音立像(1,001躯)の中に貴方と同じ顔があるというのは有名な話ですが、あまりの素晴らしさに探すのを忘れてしまった僕でした。
一日中ここにいたいと思った僕でしたが、そうもしてはいられません。
十分にこの光景を目に焼きつけておきました。感謝。

お堂の裏庭にまわると「通し矢」の舞台がありました。
2009.8.14 三十三間堂2

こんなに長い距離を矢って射れるんですね。すごいなあと思った僕でした。

感謝と感動を胸に僕と奥さんは三十三間堂を後にしました。

次の目的地は「六波羅蜜寺」です。

しかしこの続きは次回ということで。

それではまた!

「蓮華王院」(三十三間堂)公式ホームページへ

拝観料 大人600円、中学・高校生400円、小学生300円

駐車場 あります(無料)

時間 9:00~15:30(4月~11月15日は8:00~16:30)


大きな地図で見る





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2009.8.14 京都府の国宝建造物と彫刻探索の旅  
三十三間堂 六波羅蜜寺 東福寺 法性寺 西本願寺 東寺その一 東寺その二

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